「聴く」ことの力 臨床哲学試論
鷲田清和
私たちは、日常生活において、特に相手の考えを「聴く」という作業が苦手です。自分では他人の話を聴いていると思っていても、実際のところはほとんど聴いていないということは、よくあることです。例えば、相手の辿々しい語りが終わるのをジリジリとして最後まで待ちきれず、話を強引に遮って、あなたが言いたいことはこれですよね、といった形で相手の言葉を自分自身の言葉遣いや気の利いた専門用語などへと変換し、それを再び相手の前に差し出してしまうことすらあります。
目の前の人が、なぜあえてその言葉を選んで自分自身の考えを述べようとしているのか、そういった繊細な配慮に無頓着な状況の中で、個々人の経験に裏打ちされた豊かな人間関係が成立することなどまずありえません。<対話>においても最も重要とされる作法は、この「聴く」という態度にこそあるといっても過言ではないと思います。本書は、そういった「聴く」という態度の重要性を、医療やケアの現場のうちに幅広く探り当てようとする名著です。
(阪急コミュニケーションズ)