形態・構造

細胞に生えている毛の構造と進化を追う~海産生物の精子や繊毛の研究


稲葉一男 先生

筑波大学 生命環境学群 生物学類/理工情報生命学術院 生命地球科学研究群 生物学学位プログラム/下田臨海実験センター

どんなことを研究していますか?

細胞に生えている毛は、繊毛と呼ばれます。細胞の運動装置の一つです。活発に動く精子の鞭毛(呼び方は違いますが繊毛と同じです)や、気管でバイ菌を追い出す繊毛をイメージすればわかりやすいと思います。繊毛の構造や運動のメカニズムは、単細胞の真核生物が誕生したときからヒトの体内にあるものまで、驚くほど保存されています。このことから、繊毛の波打ち運動がミクロの世界でいかに重要であることがわかります。

繊毛の構造や動きがおかしくなると、不妊や気管支炎、感染症、内臓逆位、水頭症などの病気になってしまいます。また、精子の運動性を高めることは、増養殖などの水産業や畜産分野でも重要な技術となっています。プランクトンの移動にも繊毛が重要な役割を果たしています。単細胞藻類や海産動物の幼生の運動がおかしくなると、海の生態系にも影響が及びます。

研究室では、繊毛の構造や運動のメカニズムを調べるとともに、原生生物、藻類から動物まで、いろいろな海産生物の繊毛を比較することにより、生物の進化や海洋環境も理解することを目指しています。

分子モーターから海洋環境まで

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繊毛を動かしているのは、ダイニンと呼ばれる20ナノメートルほどの小さなモーターです。このモーターのスイッチがオンになったりオフになったりすることで、繊毛が止まったり、激しく動いたりしています。また、精子などは鞭毛の波の対称性を変えることにより、動く方向も変えます。これはカルシウムを使ってダイニンが調節されることで起こります。

このように、「ナノ」の世界のマシーンが、受精や海洋環境といった大きな現象も司っているわけです。本研究室では、常にこうした広い視野をもって、「細胞の毛」を探究しています。

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研究対象であるバフンウニの精子運動のようす

学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?
  • ●主な業種は→教育職、研究職
  • ●主な職種は→大学の教員、研究者や企業の研究開発研究員、高校教諭
  • ●業務の特徴は→生物学、医学に関わる研究、教育、企業におけるバイオ材料の開発
分野はどう活かされる?

研究室では、生物の遺伝子から行動まで扱っています。就職後は、特に、イメージングなどの顕微鏡技術を生かした内容が多いかもしれません。また、多様な海産生物に触れた経験やそこから得られた知識は、職種にかかわらず、役に立っているようです。

先生から、ひとこと

どのようなところに興味を持つかは、人によって違います。皆さんが持つ好奇心はオンリーワンなのです。ワクワクする気持ちを大切に、進みたい方向を選んでいただきたいと思います。

先生の学部・学科はどんなとこ

筑波大学生物学類には、菌類、藻類、動物、植物など、幅広い生物において、分子から形態までを理解する教育と研究の伝統があります。カバーしている生物種や、担当する教員の数は、国内でトップレベルです。多様なカリキュラムがあり、学生の興味により選択できます。教員の豊富な研究実績を生かした渾身の指導が得られます。海洋生物に関しては、伊豆先端に下田臨海実験センターという研究所があり、大学での実習の他、大学院生の研究指導が行われています。

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美しいカブトクラゲ。石川県で採取しました。クシクラゲも当研究室の研究対象のひとつです。

先生の研究に挑戦しよう

生物の研究は観察するところから始まりますので、山や川、海などのフィールドに出かけて、生物をよく観察し比較することが大切です。繊毛に関しては、プランクトン観察が手軽でよいでしょう。海のプランクトンが豊富ですが、近くの沼や池など、水があるところにはプランクトンがいます。簡単な顕微鏡で観察できます。

プランクトンの中で、激しく動き回るものがいますが、ミジンコの仲間などを除いて、ほとんどが繊毛を使っています。その運動の速さに驚くことでしょう。また、試験官の中に入れて上下どちらに集まるのか、シャーレの片側から光を当ててどちらに集まるのかなど、重力走性や走光性といったハイレベルな繊毛運動の調節を観察することも可能です。

興味がわいたら~先生おすすめ本

毛 生命と進化の立役者

稲葉一男

本書は、細胞に生えている小さな「毛」である繊毛や鞭毛の構造、分布、運動のメカニズムを、筆者の研究経験も含め一般向けに容易に解説した新書。小さな毛の驚くべきメカニズムに加え、生命の誕生と進化、生殖、発生、感覚器、人体と病気、さらには海洋生物や地球温暖化まで、ミクロからマクロにわたるさまざまな話題が満載である。鞭毛や繊毛を通して、ミクロとマクロの世界がいかに繋がっているのかも解説している。 (光文社新書)


太古からの9+2構造 繊毛のふしぎ

神谷律

繊毛のなかの運動装置は「軸糸」と呼ばれる。その微細構造は、2本の中心小管と、これを囲む9本の周辺微小管からできている。それは単細胞生物に限らず、人間も含め、ほとんどの生物に共通している。この本は、この軸糸を形成している各部品の微細構造や機能について詳しく書かれている。また、繊毛の異常で起こる疾患のこともわかりやすく述べられている。 (岩波科学ライブラリー)


精子の話

毛利秀雄

繊毛と内部構造は同じだが、細胞あたり1本から2本生えている長いものは鞭毛と呼ばれる。精子の尻尾は鞭毛である。この本は、精子の鞭毛の構造や、受精の時の運動変化についてくわしく書かれている。鞭毛以外にも、受精に必要な先体、折り畳まれたDNAを含む核(頭部)、運動のエネルギーを作るミトコンドリアのことなど、精子の基本構造が詳しく述べられている。また、生物による精子の形の違いや精子研究の歴史、生殖医療技術など、生殖や発生という分野のことを知りたい場合にも楽しく読める。 (岩波新書)


美しいプランクトンの世界 生命の起源と進化をめぐる

クリスティアン・サルデ

水中を漂って生活するプランクトンには、細菌から小さな藻類、小型甲殻類、クラゲ、動物の幼生など、様々な分類群に属する生物が含まれる。鞭毛や繊毛で運動するもの、筋肉で運動するもの、まったく運動能力を持たない物など、様々である。この本の著者は、著名な海洋生物学者・細胞生物学者である。日本で撮影した沿岸のプランクトンも含め、著者自身と息子さんが撮影した美しいプランクトンの写真が満載である。 (吉田春美、粟津智子:訳/河出書房新社)


藻類30億年の自然史 藻類からみる生物進化

井上勲

藻類の分類から生理、生態まで幅広く解説されている。それに加え、ためになるのは、地球、生命、生物の歴史や進化について、詳しくわかりやすく述べられている点である。どのように生命が誕生し、地球環境の変化に対応して、どのような生物が出現したのか、特に真核生物の起源については、他書にない醍醐味のある本になっている。 (東海大学出版会)


本コーナーは、中高生と、大学での学問・研究活動との間の橋渡しになれるよう、経済産業省の大学・産学連携、および内閣府/科学技術・イノベーション推進事務局の調査事業の成果を利用し、学校法人河合塾により、企画・制作・運営されています。

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