動物生理・行動

コオロギの脳の情報処理の計算過程のすべてを理解したい!


小川宏人 先生

北海道大学 理学部 生物科学科 生物学/生命科学院 生命科学専攻 生命システム科学コース/脳科学研究教育センター 発達脳科学専攻

どんなことを研究していますか?

動物はどのようにして捕食者からうまく逃げたり、繁殖する相手を見つけたりするのでしょうか。例えば、コオロギは捕食者の接近で起こるわずかな風を感じて逃げます。またメスコオロギはオスの歌う誘引歌を聞いて近づいて行きます。どのように捕食者やオスの場所を認識して行動を起こすのか、コオロギの脳内の情報処理機構を解明するため研究を行っています。

コオロギはいろいろな感覚を使って行動を調節している

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最近の私たちは、コオロギが風を感じて逃げるとき、先に高周波の音を聞いていると逃げ方を変えることを発見しました。これは高周波音を捕食者であるコウモリが出す音として捉えて行動を変えていると考えられます。また、胸にある聴覚神経細胞から神経活動を記録し、気流によって音に対する応答が変化することも明らかにしました。さらに聴覚用の VR装置を用いて仮想空間上の音源へメスコオロギを導くことに成功し、それに視覚刺激を組み合わせることによって、オスを探しだす行動に視覚も用いていることがわかりしました。

このようにコオロギは複数の感覚器からの情報を統合し、状況に応じた適切な行動を選択しています。私たちはこのような感覚入力〜情報処理〜意思決定〜運動の企画・制御まで動物の脳神経系で行われる感覚情報の処理のすべての過程を知りたいと考えています。

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トレッドミルの上のコオロギ、聴覚用の VR装置で実験中。

学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?
  • ●主な業種は→製薬会社、公務員、ソフトウェア会社など様々です。
  • ●主な職種は→医薬情報提供者、教員、システムエンジニアなど。
  • ●業務の特徴は→生命科学に関連している業務か、いろいろなシステムを総合的にとらえるような業務が多いようです。
分野はどう活かされる?

基礎研究なので、大学での研究がそのまま業務に活かせているわけではないと思いますが、研究の過程を通して問題の解決法を考えたり、情報を収集したりする力は、様々な業務で有効であると思います。

先生から、ひとこと

「脳」は生命科学に残された最後のフロンティアであり、まだまだわからないことがたくさんあります。私たちの複雑な脳も生物が長い進化の過程で獲得したものであり、それを知るためには人間だけでなく、いろいろな動物の脳と行動を調べなければなりません。動物の行動をよく観察し分析してみると、とても不思議なことや面白いことがたくさん見つかってきます。その行動がどのようにして生まれ、制御されているのか、動物たちがどのように世界を感じ認識しているのか、一緒に考えてみませんか?

先生の学部・学科はどんなとこ

北海道大学理学部生物科学科(生物学専修)には5つの大講座(分野)がありますが、その一つが「行動神経生物学分野」です。現在3名の教授と4名の准教授が所属していますが、この分野の研究者が7名も所属している学科は世界的にも非常に少ないです。しかも、その材料も、コオロギ、ゴキブリ、ショウジョウバエ、キンカチョウ、ブンチョウ、ニワトリ(ヒヨコ)、マウス、ラットと実に多彩であり、研究手法も分子生物学、分子遺伝学、神経生理学、行動生態学、認知科学の多岐にわたっています。最近はこの分野でもモデル生物を使った研究が急速に増えてきましたが、動物の行動の多様さやそれをコントロールしている脳の不思議は、いろいろな動物のいろいろな行動を研究しないと見えてきません。動物の行動と「脳」に興味がある高校生のみなさんを待っています。

先生の研究に挑戦しよう

私の研究分野の実験、とくに行動実験は、高校生でも十分可能です。ムシやもっと小さな動物でもよいので、それに光や匂いや音を与えてどんな行動を示すか見てみましょう。突っついてみるだけでもかまいません。大事なことは、刺激をきちんと制御して、観察した行動を定量的に解析することです。

興味がわいたら~先生おすすめ本

身近な動物を使った実験〈1〉~〈4〉

日下部岳広、酒井則良ほか

高校生から大学1年、中学高校の生物学の教員向けに執筆された、動物を使った実験の指導書。身近に手に入る動物でできる様々な実験を、各動物の専門家が分担・執筆している。4巻あり対象動物は〈1〉ホヤ・メダカ・ゼブラフィッシュ・キンギョ・カエル〈2〉プラナリア・モノアラガイ・ナメクジ・ミミズ〈3〉ゾウリムシ・ウニ・ザリガニ〈4〉ミツバチ・コオロギ・スズメガ。この学問分野で研究されている論文の実験そのものが掲載されたりしている。でも決して高価な装置も専門的な知識も必要とせず、高校生でも十分可能な実験もたくさん掲載されている。この動物行動学や神経行動学の学問分野は、とにかく動物をよく観察することがとても重要なのだ。 (三共出版)


サイボーグ昆虫、フェロモンを追う

神崎亮平

昆虫ロボットとは、昆虫の優れた能力を工学的に応用し、昆虫模倣ロボットを作り出す技術のこと。著者は専門が神経行動学で、この昆虫ロボット研究では最も著名な研究者の一人だ。この本では、昆虫ロボットや昆虫の脳を模したコンピュータなどを使った、最先端の研究が語られている。 (岩波科学ライブラリー)


動物に心はあるだろうか? 初めての動物行動学

松島俊也

この本は動物行動学の入門書として、小学校高学年向けに書かれている。著者は動物心理学というとても興味深い研究をしている。動物心理学とは、人間以外の動物の行動を研究する心理学の一部門。動物への学習・情動・動機づけなどの実験・研究を通して、人間の心理研究に貢献する。著者の場合のアプローチ法は、いろいろな動物の行動と脳の研究をおこなっている。例えば研究の結果、モネとピカソの絵を見分けるハトを見出したという。動物に心はあるのでないかと思わせる最新の成果が豊富で、写真や図を多用している。 (佐竹政紀:イラスト/あさがく選書)


脳の情報を読み解く BMIが開く未来

川人光男

BMIとはブレイン・マシン・インターフェースのこと。脳波等の検出・あるいは逆に脳への刺激などといった手法により、脳とコンピュータなどとの相互のかかわり(インタフェース)をとることを言う。例えば、聴覚障害者の内耳の蝸牛に電極を接触させ聴覚を補助する人工内耳や、キーボード操作をしなくても念じるだけで動かせる介護機器といえばわかりやすいだろうか。この本は、脳と外部の機械をつなぐブレイン・マシン・インターフェース技術を通して、脳科学の研究を解説している。 (朝日選書)


本コーナーは、中高生と、大学での学問・研究活動との間の橋渡しになれるよう、経済産業省の大学・産学連携、および内閣府/科学技術・イノベーション推進事務局の調査事業の成果を利用し、学校法人河合塾により、企画・制作・運営されています。