高校化学で学ぶものに、炎色反応があります。炎色反応は、金属を燃焼させた時に金属特有の発色を示す反応のこと。例えばナトリウムは黄色、銅は青緑に光るといった具合に、金属の各原子はそれぞれ特有の色の光を出します。これは炎中の熱エネルギーによって励起されて発する原子スペクトルのうち、可視部のある波長の光が特に強いために生じるものです。そして、それはプリズムなど使って光のスペクトルを調べる「分光学」の知識を利用しています。
原子・分子・量子エレクトロニクスの分野の中で、私の専門は、一言で言うと分光学です。より正確に言うと、特定の周波数の電磁波を吸収したり放出したりする原子・分子のスペクトルを調べるのが、分光学です。炎色反応で、原子から放たれた電磁波スペクトルのエネルギーは、飛び飛びの値を持った特定の波長です。このことによって、原子の中でエネルギーは連続した値を取らず、飛び飛びの値をとることが明らかになり、量子力学の扉を開けました。分光学は、20世紀初頭、量子力学の完成に深く寄与したのです。
限りなく冷たい分子気体に挑む
私の専門は、もう少しくわしく言うと、レーザー分光学と呼ばれるものです。その中で、レーザーなどの電磁波を用いた分子の研究を行っています。具体的には、非常に冷たい分子気体ビームを作るという研究に取り組んでいます。どれくらい低温かというと、これ以上温度は下げられない絶対零度は-273.15℃ですが、それより0.1℃程度だけ高いという極低温です。それができると、調べたい高エネルギー物理現象を精密測定できるようになります。
精密測定ができるようになると、宇宙論や素粒子論でいまだに謎のままになっている問題を調べられると期待されます。例えば宇宙誕生時には、「物質」と、電気的な性質だけが逆の「反物質」が存在したとされます。そのうちの物質だけで現在の宇宙が作られているのは大きな謎と言われています。この「なぜこの宇宙は反物質より物質の方が多いのか」という、壮大な問いの答えの一端が得られるかもしれません。そこまでいかなくても、超精密測定が追究されることにより、様々なセンシング技術や制御技術が編み出されていくことでしょう。
一般的な傾向は?
- ●主な業種は→製造業(電子機器、機械、金属部品)、中学・高校教員
- ●主な職種は→技術系、教員
分野はどう活かされる?
半導体のイオン注入装置の開発。荷電粒子の電磁場による操作と、原子分子の運動の操作が類似しており、その経験を活かしています。また、様々な回路を作成した経験を土台にして、電源回路の開発に携わっている卒業生もいます。
「原子や分子を思うがままに操作したい」、我々の分野はそうした研究に挑んでいます。そういった技術ができたら、皆さんは何をしたいですか。一緒に考えていきましょう。
富山大学理学部の物理学科は、小規模な学科ながら、分光学の研究者の層が厚いところです。電波天文学やテラヘルツ領域の分光などを開拓してきた伝統があり、それらを引き継ぎつつ、低温分子気体の研究や超流動ヘリウム中の原子の分光など、新しい分野の研究も進めています。学内の水素同位体科学研究センターとの共同によるトリチウム含有分子の分光や、神岡にある重力波望遠鏡(KAGRA)への協力など、学内外での共同研究も盛んです。