動物は自身の経験を通して記憶を獲得し、それを維持して生存に役立てています。これまでに多くのモデル動物で記憶獲得の分子機構が明らかにされてきましたが、獲得した記憶を長期間維持する機構はよくわかっていませんでした。
我々は、ショウジョウバエ(以下、ハエ)が環境光を利用して長期記憶を維持していることを発見し、この「光による記憶維持」の分子メカニズムを明らかにする研究を行いました。その結果、光により神経ペプチドPDF(神経伝達物質の一種)が放出されると、ハエ記憶中枢におけるCREBという転写因子が活性化し、記憶中枢で新規遺伝子が発現することで長期記憶が維持されることを突き止めました。
この成果は、光の有無や遺伝学的な操作により、長期記憶の維持もしくは消失をコントロールできる可能性を示しています。長期記憶は一度獲得されると簡単には忘却されず、消去が困難です。そのため、トラウマによる記憶など、動物にとってネガティブな記憶が残り続けてしまうという弊害をもたらしてしまいます。今回の研究成果は、将来、トラウマ記憶の消去技術の発展に寄与するかもしれません。
一般的な傾向は?
- ●主な職種は→研究員、会社員、高校教員
分野はどう活かされる?
単に生物学の知識が豊富でも研究を遂行することはできません。研究を進めて新しい発見に至るためには、情報収集能力、計画の立案、計画の実行、論理性、プレゼンテーション技術など多岐に渡る能力が求められます。これらの能力は研究のみならず、社会に出てからの様々な仕事に求められる能力です。学生たちは研究を通してこれらの能力がきたえられて成長していきます。研究者になった場合は、研究で学んだ技術の多くがそのまま仕事に生かされることになります。特に分子生物学的手法や顕微鏡操作などはどのような研究分野にも利用されるので役立ちます。
ショウジョウバエは遺伝子改変が容易です。ハエに植物の遺伝子を発現させたり、ヒトの遺伝子を発現させたりもできます。研究者のアイディア次第でいろいろな研究に利用することができます。動物の脳機能は、まだわからないことがたくさんありますが、ショウジョウバエ遺伝学を利用していくことで、感情や意思などの脳の高次機能の仕組みを理解することも将来可能になるかもしれません。そう考えると、わくわくしてきませんか?
生命科学科生命科学コースは、ショウジョウバエを使った研究のメッカです。遺伝学分野において、ショウジョウバエほど簡易に遺伝子改変が可能なモデル生物は存在しません。生命科学科には、ショウジョウバエを実験材料とした研究室が4つ存在します。研究分野も多岐に渡り、各分野で最先端の研究を行っています。他大学でこれほどショウジョウバエ研究に力を入れている大学はないでしょう。
興味がわいたら~先生おすすめ本
研究者が教える動物実験(3)行動
尾崎まみこほか
生命現象についてより深く理解するための『研究者が教える動物実験』シリーズ。第3巻は動物行動の実験についてだ。この本を手にして、今すぐに実験を始めることができるように、写真や図を使いながら、ちょっとしたコツなども織り交ぜて、具体的にわかりやすく書かれている。例えば第3章では、首都大学東京(現・東京都立大学)の坂井貴臣先生が、ショウジョウバエのオスの求愛行動において、視覚がどのような働きをしているのかを調べるための方法と、考察するポイントなど、動物の多彩な生得的行動の実験例を集めている。 (尾崎まみこ、村田芳博、藍浩之、定本久世、吉村和也、神崎亮平、日本比較生理生化学会:編/共立出版)