植物分子・生理科学

コケはなぜ厳しい極限環境にも適応できたのか~コケ植物の進化を探る


藤田知道 先生

北海道大学 理学部 生物科学科 生物学/生命科学院 生命科学専攻

どんなことを研究していますか?

コケ植物は、約4億5000万年以上も前に進化し、その後も絶滅することなく生き続けています。湿った環境を好む種が多いのですが、様々な悪環境に適応して生存している種もいます。極寒の南極で最も繁栄している植物は、コケ植物です。火山などの溶岩台地で土のない所に最初に進出し、土壌を育む植物もコケ植物です。

コケ植物の研究はまだそれほど進んでいません。コケ植物を研究することで、植物が陸上に適応するためにどのような環境適応戦略をあみだしてきたのか、そして今日のコケ植物がなぜそれに成功しているのか知ることができます。陸上の環境は、1日の気温変化や湿度変化が大きく、特に乾燥からどのように身を守り子孫を増やすのかは、植物にとっても重大な問題でした。また直射日光を日中、受けつづけるとしたら、その紫外線をどのように防ぐのかなど、数々の陸上環境特有の問題があります。コケ植物はそれらを進化の過程で克服してきたのです。

コケの力で宇宙に住むことも夢ではない!

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コケ植物がなぜ厳しい環境に適応できているのか、その謎を分子細胞生物学、ゲノム科学、生理生態学などの様々な視点から理解し、そのひみつを解明しようとしています。極限環境に生存できるコケ植物のひみつが明らかになれば、その仕組みを有用植物などに応用することで、現代社会が抱える食料問題や環境問題の解決に直接役立てることができるはずです。

さらにこれまでの宇宙研究から、人類の宇宙居住がここ数年のうちに現実的な挑戦としてクローズアップされてきていますが、地球外の惑星で人類が長期間滞在するためには植物の力に頼らなくてはなりません。そのような地球外の極限環境で、まずはコケ植物の環境適応能力が活かせるのではないでしょうか。宇宙に住むことも夢物語ではなく、植物科学の力で挑戦できる現実的なテーマであると捉え、私たちは研究活動を進めています。

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国際宇宙ステーションの宇宙実験から研究室に帰還したコケ植物をみんなで歓迎して迎えています。

学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?
  • ●主な職種は→博士研究員、会社の研究者、会社の総合職、研究開発職、銀行員、高校生物教員、塾講師
分野はどう活かされる?

海外の研究所、大学で博士研究員として、これまでの研究能力にさらに磨きをかけています。また会社で研究職に就いた卒業生は、チームで中心的な役割を担いつつあります。

学部4年時の卒業研究や大学院において自分の研究テーマに真正面から取り組むことで、情報を収集能力を養います。また実験を計画し実施し、さらに得られた結果を評価し考察し、筋道立ててプレゼンを行いみんなで議論します。これら一連の過程を繰り返すことにより得られる総合力は、社会に出た後のどのような局面でも必ず自分の役に立ち、予期せぬ困難を突破する力となります。

当研究室は様々な国からの留学生も多く、そのような仲間と日々をすごす環境に自らを置くことで言語の壁、文化の壁を取り除く力を知らず知らずのうちに身につけることができます。このような仲間のネットワークや国際的視野を涵養し人間力をつけることは将来の皆さん自身にとても役立ち大切なことです。

先生から、ひとこと

植物は地球上の一次生産者として、食物連鎖のもっとも大事な土台として10億年以上も遥か昔より様々に生物の進化を支え、現在の私たちを支えてくれています。私たちの未来の暮らしも植物との共生なくしてはあり得ないのです。

しかし、植物がどのように光を利用し、発芽して成長し、花を咲かせ実をつけ、その子孫を受け継いでいるのか、まためまぐるしく移り変わる1日の変化や1年の変化にどのように適応し今日まで進化してきたのか、その仕組みのほとんどを私たちは理解していません。現在の最新の技術をもってしても、私たちはまだわずか数種類のモデル研究植物で、植物の生きる仕組みのほんの少しを理解し始めたに過ぎないのです。陸上植物の種類は30万種類を越えると言われています。砂漠等の乾燥地帯に転がる復活草やサボテンの仲間、また南極等の不毛の地に繁栄するコケ植物、何百年以上も生存し続ける巨木などそれら植物の秘密はまだほとんど手つかずであり、私たちが知らない未知の有用な発見が数多く隠されているに違いないのです。

1人でも多くの人がこのような植物の能力の発見とその有効利用のために力を発揮してくださることを希望しています。植物分子・生理科学分野は、人類と植物、他の生物との永続的な反映に貢献できる重要な学問分野です。

先生の学部・学科はどんなとこ

コケ植物の成長と環境適応の関係を幅広くかつ深いレベルで直接扱っている研究室は、国内では当研究室以外にあまりありません。コケ植物の極限環境における適応能力を調査する目的で宇宙航空研究開発機構JAXAと共同研究を開始し、コケ植物を国際宇宙ステーションISSで実際に栽培し、その成長や環境応答を調べる研究も実施しています(Space Moss, https://iss.jaxa.jp/kibouser/subject/life/70682.html)。ここでは、世界を牽引できるような成果を自分たちの手で達成し、植物の成長制御や環境適応などのまったく新しい仕組みを発見することが期待できます。さらにその成果を応用展開するための道を切り開くことができます。

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実習で使うコケ植物をキャンパス内で大学院生が観察しているところ。コケ植物の群落は一面緑の絨毯のようです。

先生の研究に挑戦しよう

コケ植物は、極限環境下でも生存が可能です。紫外線、放射線、乾燥、低温、高温、塩ストレス、金属ストレス、超高濃度二酸化炭素、真空などにどの程度強いのかを、被子植物と比較してみましょう。またコケ植物の仲間でも、種類によって、これらのストレスに対する応答性が異なります。どの程度異なるのかを調べてみましょう。ストレスに強いコケ植物の突然変異体を、スクリーニングで獲得することができます。得られたストレス耐性コケ植物の特性を分子生理学的手法で調べることもできるでしょう。

興味がわいたら~先生おすすめ本

地球環境46億年の大変動史

田近英一

地球環境がこれまでの歴史でどのように変遷してきたのか。地球が誕生して46億年。その間の地球環境の変化は、生物の進化の変遷の歴史でもある。そしてその進化の原動力の大きな一群が植物であり、陸上環境を一変させるきっかけとなったのがコケ植物の陸上への上陸だ。現在のコケ植物が、乾燥や寒暖、強烈な日光などの厳しい陸上環境にどのように耐え抜く能力を獲得してきたのか。この本はその変遷や適応能力の秘密を、地球環境の変動と共にとらえる視点で学ぶことができる。地球の全休凍結をくぐり抜け、激動の環境変動にも耐えて進化を続ける生物の逞しさを想像することができるエキサイティングな本だ。 (DOJIN選書)


苔の話 小さな植物の知られざる生態

秋山弘之

コケ植物は植物が進化する過程で水中から陸上に最初に上陸し、その後今日まで適応してきた植物群だ。この本は、知っているようで意外になじみの少ないコケ植物の生存戦略や生理、生態を広くかつ科学的に正確に紹介している。さらに私たちの生活や文化との関わりまでも紹介しており、この1冊でコケの奥深い魅力に相当気づくことができるだろう。 (中公新書)


風の谷のナウシカ

最終戦争により、巨大産業文明が崩壊した後、辺境にある「風の谷」の族長の娘であるナウシカを主人公とする物語。環境問題をどのようにとらえ、どのように我々は立ち向かうべきかを考えさせてくれる。宮崎駿監督の長編アニメーション映画。映画の原作となった宮崎監督の漫画(単行本全7巻)も出ている。 (宮崎駿:監督)


コケはともだち

藤井久子

身の回りのすぐ近くにいるコケ植物をかわいいイラスト入りで優しく紹介している。コケ植物のすごい能力を研究するための入り口になりうる、かわいいコケの入門書。著者はフリーの編集ライター。チーズ・映画・コケなどの分野で活躍中。コケの魅力を広く知ってもらいたくて、「かわいいコケ」ブログをはじめた(http://blog.goo.ne.jp/bird0707)。コケ好き、旅好き、山好き女子のコケの記録帖で、コケをこよなく愛する同好の会情報も紹介している。 (秋山弘之:監修、永井ひでゆき:イラスト/リトル・モア)


陸上植物の形態と進化

陸上植物の代表的な群でのゲノム解析が進展し、それらの比較から、陸上植物の四群(種子植物、シダ植物、小葉植物、コケ植物)では、それぞれ発生様式とその遺伝子制御ネットワークが大きく異なっていることがわかってきた。本書ではこれらの成果をもとに、植物進化の新しい体系の構築を試みた。現生植物のゲノム生物学、細胞生物学、発生学、形態学の知見に古生物学の知見を融合し、陸上植物全体について包括的に形態と進化を議論した、世界に類を見ない教科書と言える。 (裳華房)


本コーナーは、中高生と、大学での学問・研究活動との間の橋渡しになれるよう、経済産業省の大学・産学連携、および内閣府/科学技術・イノベーション推進事務局の調査事業の成果を利用し、学校法人河合塾により、企画・制作・運営されています。

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