数理物理・物性基礎

ミクロなスピンからマクロな磁石へ


奥西巧一 先生

新潟大学 理学部 理学科 物理学プログラム/自然科学研究科 数理物質科学専攻

どんなことを研究していますか?

人類は日常の様々な場面で磁石を利用してきました。近年、急激に進歩してきたコンピュータの磁気記憶装置も磁石の性質を利用したものです。このように身近な生活と切っても切り離せない磁石なのですが、どうしたら磁石になるのか、磁石になるものとならないものにはどういう違いがあるのか。磁石としての性質の発現のメカニズムの解明は、物質が原子分子から成り立っていると理解された現代でも、物理学上の最も基本的で重要な課題として、多くの研究者により熱心に研究されています。

私は量子スピン系の研究をしています。磁石としての性質は、物質中の電子の持つ量子スピンというミクロな磁石の集まりで表現されますが、それが多数集まると、ミクロな世界からはまったく予想のつかない興味深い振る舞いが現れることがあります。これは多数の量子スピンが、量子力学というミクロな世界をつかさどる法則に従って、お互い影響を受けながら運動するために引き起こされる、不思議な現象です。量子力学や統計力学などの物理学上の様々な理論やテンソルネットワークと呼ばれる最新のコンピューターシミュレーション法を組み合わせて、複雑に絡み合ったマクロな数のスピンたちの運動を解きほぐし、なぜマクロな磁石が発現するのか、そしてどのような新しい磁石の性質が実現可能なのかを解明しようと、日々挑戦を続けています。

基礎物理学と社会

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私の研究は、物理学研究の最も基本的な部分を担っています。目に見える形で、すぐ社会に役立つわけではありませんが、その基礎の理解ということで、あらゆる分野の進展をその背後から支えてゆく役目を担っているといえるでしょう。例えば、コンピュータの磁気ハードディスクの記憶性能が飛躍的に向上したのも、1980年代の磁石と電気抵抗の間の基礎的な研究の成果が発端になっていますが、そのような発見を下支えしたのも、様々な基礎研究の蓄積なのです。

また、基礎研究の過程が物理学にとどまらない新しい技術や考え方の創造につながることがあります。例えば、統計力学のシミュレーション技法や解析手法を経済現象に応用することで、ビッグデータの解析に物理学者が大きな貢献をしつつあることは、広く知られるようになってきています。量子スピン系で用いた量子力学的な考え方は、量子計算・情報分野や、ブラックホールなどの宇宙の成り立ちとも関係しており、分野を超えた研究のつながりが広がっています。基礎学問の研究は、すぐに役に立つかどうかを気にして視野を狭くするのではなく、思考範囲を柔軟に変化させながら広い視点で捉えるのが良いでしょう。そして、その自然現象への知的な挑戦こそが物理学という学問の普遍的な重要性や醍醐味につながっているのです。

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クラスター計算機。量子スピン系のシミュレーションを行います。

学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?
  • ●主な業種は→製造業、ソフトウエア、情報業、教員、公務員
分野はどう活かされる?

物理学の基礎的な内容と思考力や解析力を身につけます。また、解析のためにコンピューターシミュレーションを併用することがほとんどです。このために、製造業からソフトウエア産業、公務員など幅広い職種で応用力や思考力を発揮してフレキシブルに活躍している卒業生が多いです。また、身につけた物理の知見を多くの人に知ってもらいたいと、教員を志望する学生も多いです。

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研究室。シミュレーションの結果をグラフにして解析を加えています。

先生の研究に挑戦しよう

幅広い対象を含んでいるので一概には言えないのですが、抽象的な概念や高度な数学的知識やコンピューターシミュレーションを用いることが多いので、面白さがわかるようになるまでに時間がかかるかもしれません。単純化したモデルに対して簡単なコンピューターシミュレーションを実行して、複雑な現象を可視化し、直感的な理解の助けにすることは、比較的気軽にチャレンジできるかもしれません。

興味がわいたら~先生おすすめ本

ご冗談でしょう、ファインマンさん

R.P.ファインマン

ファインマンは、1965年量子電磁力学への寄与により、朝永振一郎博士とノーベル賞を受賞した。イタズラ好きでユーモアに富んだ人で、そのキャラクターは生涯愛された。この本は、ノーベル物理学賞受賞者の愉快な自伝だ。物理学者の鋭い洞察と興味深いエピソードが紹介されている。根気よく物理学を考えることの楽しさと、一見遊んでいるようでも、実は誰よりも鋭くものごとの本質を見抜いてゆく姿に触れられる。ファインマンは理論物理学の幅広い分野で活躍した。彼の思考の自由さは、個別の分野にとらわれず広く楽しめる。 (大貫昌子:訳/岩波現代文庫)


トムキンスの冒険

G.ガモフ

ガモフはロシア生まれのアメリカの理論物理学者。ビッグバンの提唱者として有名だが、難解な物理理論をわかりやすく解説する啓蒙書を多く著している。「トムキンスの冒険」は不思議の国、原子の国などでくりひろげる奇想天外な冒険譚。ある日トムキンスが列車の旅で着いた駅は、のろい町だった。実はアインシュタインの相対性理論によると、光速に近い速度で運動すると時間はいくらでも長くなる(つまり時間がのろくなる)ことが知られているのだ…。量子論勃興のころの躍動的な雰囲気を感じ取れる。この本以外でも『宇宙=1.2.3…無限大』『太陽と月と地球と』等々がある。こんなに面白いのに、なぜか廉価本が出ていない。図書館で借りて読むべし。 (伏見康治、鎮目恭夫、市井三郎、林一:訳/白揚社)


ブラウン運動

米沢富美子

中高校でも習うブラウン運動とは、熱運動などによって引き起される物体の不規則運動のこと。1827年、ブラウンが水の中に入れた花粉から出た微小粒子の不規則運動から発見したとされている。そこから物理現象はみなこのような微視的な自由度をもつ熱運動と同種のゆらぎを持っていて、そのゆらぎ自体が物質のミクロな性質解明の糸口を与えるんじゃないかと、物理学者が注目。分子・原子の存在の実証につながった。この本は自然現象としてのブラウン運動を対象に、物理学史においてブラウン運動の果たした役割、その歴史的経緯から応用までをやさしい文章で解説する。不規則で無秩序な微視的運動である分子運動発見の息づかいが感じられる。 (小出昭一郎、大槻義彦:編/共立出版)


本コーナーは、中高生と、大学での学問・研究活動との間の橋渡しになれるよう、経済産業省の大学・産学連携、および内閣府/科学技術・イノベーション推進事務局の調査事業の成果を利用し、学校法人河合塾により、企画・制作・運営されています。