放射線・化学物質影響科学

化学物質による野生動物の汚染と毒性影響を明らかにする環境毒性学


岩田久人 先生

愛媛大学 理学部 理学科 生物学コース/理工学研究科 環境機能科学専攻/沿岸環境科学研究センター 

どんなことを研究していますか?

ダイオキシンやポリ塩化ビフェニル(PCB)などの環境汚染物質は、水→プランクトン→魚→鳥類・水棲哺乳類へと食物連鎖の段階ごとに高倍率で高濃縮され、たとえ水中の濃度が低くても高次の動物にはその百万倍以上もの濃度になります。環境汚染物質の体内への侵入に対して、動物はそれらを代謝しようとする能力を備えています。このように環境から入ってくる異物を代謝する働きは、シトクロムP450と呼ばれる複数の酵素群が担っています。

動物は多種類のシトクロムP450を備えており、環境からの多様な化学物質の侵入に対応します。例えば、ヒトには57種のシトクロムP450遺伝子が見つかっています。環境汚染物質に曝された動物は、汚染物質の種類に応じて特定のシトクロムP450の量を増やし、それらを代謝しようとします。しかしながら、環境汚染物質がシトクロムP450によって代謝される程度は、この酵素の種類によっても、物質の種類によっても、大きく異なります。また、シトクロムP450の代謝能力は動物種によっても異なります。その結果、環境汚染物質の蓄積量は動物種によって大きな差が生じます。

私たちは、様々な野生動物のシトクロムP450が環境汚染物質を代謝する能力を調べることで、各動物種の環境汚染物質代謝能について解明することを試みています。この研究を進めることで、どの動物が環境汚染物質を蓄積しやすいのかを知ることができます。

環境汚染物質と受容体の反応を監視することで野生動物の健康を評価する

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もう1つのテーマとして、環境汚染物質に対する毒性の感受性に関わっている、受容体と呼ばれる遺伝子の塩基配列を調べ、野生動物種間でこの遺伝的な差異が毒性の表れ方にどう影響するのか研究しています。毒性の鈍感種・敏感種を受容体遺伝子の塩基配列の差によって説明できれば、感受性を決定する分子的なしくみも解明できるでしょう。さらに、受容体遺伝子が翻訳されてできるタンパク質と環境汚染物質の反応を測定することで、そのタンパク質が制御している生理機能への影響について評価しようと考えています。

一方、数多くある環境汚染物質と受容体タンパク質の反応は、現在でも網羅的に調べられているわけではありません。そこで、野生動物の受容体タンパク質と環境汚染物質の反応を網羅的に監視することによって、野生動物の健康を評価するための研究手法を確立しようとしています。

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海洋汚染研究の国際舞台「海洋汚染と生態毒性に関する国際会議」(ICMPE-9)で講演。香港大学にて。

学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?
  • ●主な職種は→研究、教育、公務員
  • ●業務の特徴は→化学物質による環境汚染や毒性影響の解析や評価に関する研究、生物や化学などの理科教育
分野はどう活かされる?

大学教員、国および地方自治体の環境関連研究所の研究員、製薬企業の研究員、中学・高校理科教員で活かされています。

先生から、ひとこと

アミ・マダイ・カワウ・カラス・イヌ・アザラシ・クジラなど、私の研究室でこれまで研究対象としてきた生物は、非常に多岐にわたります。医学や獣医学を学べる大学は、国内でも数多くありますが、こうした動物を対象にしている研究室は極めて少数です。

ヒトや家畜類と異なり、上述の野生動物は私たちの生活や経済活動に直接関係しているわけではないので、これらの動物を研究対象とする研究者や研究機関も少ないのです。しかし、生態系というのは多くの生物種が相互に影響を及ぼしあっているので、どの生物種も重要な構成員です。野生動物の健康について研究ができるのは、私たちの研究室の特徴であり、他の研究室にはない魅力となっています。

先生の学部・学科はどんなとこ

愛媛大学沿岸環境科学研究センターには、生物環境試料バンク(通称 es-BANK)があります。そこには過去50年間にわたって世界中から集めた数多くの野生動物の組織や遺伝子が試料として10万以上も冷凍保管されています。それらを利用することで、様々な野生生物を対象に環境汚染物質の汚染や毒性影響について研究することができます。

興味がわいたら~先生おすすめ本

沈黙の春

レイチェル・カーソン

化学物質が生態系に与える脅威を警告した古典的名著。人間が便利さ・豊かさを追求し続けた結果、その副作用として地球の至るところで人間や動物に異変が起きていることが記述されている。本書が最初に世に出てから50年以上が経過したが、化学物質による環境汚染は未だに続いている。環境問題に興味がある方は、ぜひ一度手にとってみてほしい。 (青樹簗一:訳/新潮文庫)


奪われし未来

シーア・コルボーン、ジョン・ピーターソン・マイヤーズ、ダイアン・ダマノスキ

著者は野生動物の研究家たちだが、丹念に過去の研究論文を読み込む中で生物のホルモンの働きを撹乱する内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)の存在を見出した。本書が発表されてから20年余り、この問題は解決の兆しを見せない。豊かさを追求した人間がもたらした、思いがけない大きな環境問題。この問題を学びたい人にぜひ読んでほしい一冊だ。 (長尾力、堀千恵子:訳/翔泳社)


本コーナーは、中高生と、大学での学問・研究活動との間の橋渡しになれるよう、経済産業省の大学・産学連携、および内閣府/科学技術・イノベーション推進事務局の調査事業の成果を利用し、学校法人河合塾により、企画・制作・運営されています。