コオロギを捕食するメスグモの巣を観察したところ、非常に興味深いことがわかりました。クモの巣の構造は、虫を捕まえる捕獲ネットの部分と、自分の身を守るシェルター部分からなります。交尾前のメスグモは交尾に備えて慎重で攻撃性が弱く、その分シェルター部分を頑丈に作り、攻撃性の強くなった交尾後のメスグモはより多くの餌を捕獲できるような巣を作ることが明らかになりました。
私は、長年コオロギやアリなどの攻撃行動や逃避行動をモデルとした実験で、動物が闘争の過程でどのように行動を切り替えるのか、その基盤となる脳の神経メカニズムを研究しています。メスグモの興味深い巣作りの観察は、その過程で生まれた予想外の成果の1つです。
クモも昆虫も比較的少数の細胞からなる微小な脳を持ち、種独自の行動や学習行動により環境の変化に適応しています。動物は闘争を介してどのように順位を形成し、社会の秩序が生まれるのか、それを理解するために脳を構成する神経細胞のはたらきから個体や集団の行動まで階層的に解析しています。現在、コオロギやクモの脳で、オクトパミンやドーパミンなどの神経伝達物質のはたらきについても解析中です。
ロボット工学者と共に、脳の研究
こうした、昆虫を含めた無脊椎動物の脳のはたらきを調べる中で得られた知見が、システムとしてきちんと機能するか、ロボット工学者と一緒に研究しています。動物が適応的にふるまう仕組みについて理解し、工学的にそれを再現したり、逆に今の生物学の手法では手が出せない部分をロボティクスの方法論で考察したりします。それによって動物の行動が進化した仕組みや、脳の設計について理解し、その知見をロボット技術の発展や、医療、幼児教育などに役立てたいと考えています。
一般的な傾向は?
- ●主な職種は→教師、研究者
分野はどう活かされる?
生物学と情報科学や制御工学を学ことで学際性を養い、その知識を生かして、中学・高専・大学・企業で教育や研究開発などの幅広い業務に従事しています。
ひとつ現象を理解するためには、その現象を複数の視座から考察することが大切です。私は、動物の行動を理解するために生物学に加え数理科学やロボット工学などのアプローチを取り入れていますが、研究を進めると自分とは全く異なる研究分野の専門家と出会いがありました。自分とは違った視座で物事を考える人との出会いは、知識や価値観を広めてくれます。高校から大学に入ると、自分の専門分野を学ぶことになりますが、他の分野にもアンテナを伸ばして、たくさんの出会いを経験しながら、学問や研究の楽しさを味わってください。
電子科学研究所は、光物理学・材料化学・生物学・数学などの様々な研究分野の研究者から構成されています。動物の行動や脳を理解するためには、生物学の他に、様々な関連分野の知識が必要です。私の研究室では、動物の多様な行動がどのように進化し、そして、脳はどのようにそれらの行動を制御しているのかを理解するために、実際の動物を使って細胞から個体レベルでの生物学実験と同時に、数理モデルやロボットを使って実験を行います、生物学は、多くの関連分野の発達に支えられているとともに、ロボット工学や医療などの多くの関連分野の発展に貢献します。