応用人類学

筋肉の活動がわかるセンサースーツの開発~使い手の快適感も測りデザインするために


下村義弘 先生

千葉大学 工学部 総合工学科 デザインコース/融合理工学府 創成工学専攻

どんなことを研究していますか?

人間はその頭脳と身体で、素晴らしい技術文明を築き上げてきました。しかし工業技術が発展したのはこの数百年であり、私たちが何百万年と生きてきた自然環境とは似ても似つかない環境を生み出しています。そのため現代の工業製品に囲まれた生活では様々なストレスがかかり、使いにくいものがあふれ、人間の能力を超えたものは命をも脅かしています。私は、生活や仕事のシーンに使われる物を、人間の身体機能に合わせてデザインしています。デザインするとき重視するのは、使い手の健康や快適感といった生理的機能です。

体のどこに負担がかかっているのかわかる

日常生活において人間の筋肉の活動が見えるようにする技術の開発を行っています。具体的には、着ることができるセンサースーツの開発です。人間の筋肉が活動している部分は赤く、休んでいる部分は青くLEDで表示されます。

人間の機能に基づいた物をデザインするには、その物を使っている最中の人間自身を測ることが不可欠です。私の開発した筋活動度センサースーツは、どのような時に身体のどこにどのような負担がかかっているのかを見ることができます。この技術は、ゆくゆくは、人間が使う工業製品や医療機器、スポーツ用品、日用品などのあらゆるデザインの普遍的な設計方法になると考えています。また、身体活動が直接見えることから、病後のリハビリテーション、高齢者の寝たきり防止運動、顔の表情筋のトレーニング、スポーツや介護者における身体の使い方のコツの指導などのシーンにも応用できるでしょう。

image

骨格標本で人間の腕と手の仕組みを講義している下村先生

学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?
  • ●主な業種は→製造業
  • ●主な職種は→研究開発職、企画・デザイナー職
  • ●業務の特徴は→新しく何かを作りだしたり、現在の製品をよりよくしたりすること
分野はどう活かされる?

スポーツ用品メーカーで、ユーザーが走りやすいシューズを、筋電図を使って研究開発している卒業生、研究機関で、様々な測定技術を駆使してユニバーサルデザインの椅子などを研究開発している卒業生、医療機器メーカーで、医師や技師、看護師にとって使いやすい製品や作業環境の研究開発をしている卒業生がいます。

先生から、ひとこと

デザインとは、突飛な事を考えることではありません。確固たる知識と技術の研究と、それに基づいた発想をすることです。みなさんが今学習していることがデザインの原動力になっていることに、いつの日か、気がつくときが来ると思います。

先生の学部・学科はどんなとこ

工学部の中にデザインコースがあるため、純粋芸術の絵を描く能力や造形する能力を中心とするデザイン教育ではなく、科学的・工学的なデザイン教育を行っています。研究開発のほとんどは実験や調査を伴うものであり、特に人間科学系では脳波や筋電図、動作解析、眼球運動などを測定する実験を日常的に行っています。

研究テーマは学生が自由に発想したものでもいいですし、毎年多くの学内外の共同研究(家電メーカーや自動車、医療機器など)があるため、そちらに参画しても、どちらでもかまいません。生活を便利にしたい、科学的にデザインを考えたい、人間を考えた物や環境を開発したいという方には、世界で最もおすすめする学科です。

image

LEDの光に対する網膜神経節細胞の働きを調べる実験

先生の研究に挑戦しよう

手が疲れない文房具、背筋(せすじ)の伸びたよい姿勢の作り方、持ちやすいスマートフォン、体内時計を加速する眼鏡・逆に遅くする眼鏡など、世界中の研究論文を調べて人間自身のことを知り、それを基礎としていろいろなアイデアを出してデザインしてみましょう。

興味がわいたら~先生おすすめ本

人間を科学する事典

佐藤方彦編

生活におけるさまざまなシーンを対象にして、人間の解剖学や生理学的な仕組みを説明したり、人間の機能からみた物や環境の考え方が示されていたりする。この本には、「応用人類学」という学問領域の研究の基礎となることが多く登場する。応用人類学とは、人類学によって集積された知識の、実際問題への応用のこと。生理学の本ではないので細かく掘り下げるのではなく、“木を見て森を見る”、つまり“人間の各部の機能を見て人間全体を知る”本、といえる。 (東京堂出版)


誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論

D.A.ノーマン

この本の副題の「認知科学」とは、人間の知的な認知活動を研究する学問のこと。人間にとって使いやすく、デザイン的に優れた装置やサポートツールは何か、人間を中心に置いて物のデザインをする考え方が書かれている。初版が出たのは1995年だが、この本は増補改訂版。ベースとなる認知科学者のデザイン論に新しいテクノロジーを付加している。 (新曜社)


日本人間工学会ホームページ

日本人間工学会のホームページ。人間にとって使いやすい、わかりやすいさまざまな製品やサービスの実物の事例紹介「グッドプラクティスデータベース」があり、よいデザインの参考になる。また人間工学を学べる大学・機関を調べたいときには、人間工学の総合データベースで検索できる。


日本生理人類学会ホームページ

生理人類学会のホームページ。生理人類学とは何か。人類学の研究対象は「人類」だが、例えば文化人類学ならば人類を文化的観点から研究するように、生理的観点から人類を研究する。具体的な研究例は、例えば同サイトの生理人類学の関連図書案内には、「阪神・淡路大震災と子どもの心身」「森林浴はなぜ体にいいか」「人間を科学する事典 心と身体のエンサイクロペディア」などが挙げられている。この学問が何をするのか、具体的にイメージできるのでないか。応用人類学という学問領域の中心となっている生理人類学について、研究者コミュニティの全体を知ることができる。


本コーナーは、中高生と、大学での学問・研究活動との間の橋渡しになれるよう、経済産業省の大学・産学連携、および内閣府/科学技術・イノベーション推進事務局の調査事業の成果を利用し、学校法人河合塾により、企画・制作・運営されています。