物理系薬学

放射線の医学利用

放射線を活用し、生活習慣病やがんに関わる分子を追跡


河嶋秀和先生

京都薬科大学 薬学部 薬学科

出会いの一冊

図解 身近にあふれる「放射線」が3時間でわかる本

児玉一八(明日香出版社)

「3時間でわかる」かは定かではありませんが、放射線や放射能を理解する入門書として気軽に読めるのではないでしょうか。

中学校・高等学校で放射線について授業で学ぶ(先生から教えて貰う)ことは多くないと思います。少なくとも私はそうでした。タイトルにあるように、そもそも放射線は身近なものなのですが、その本質について知る機会は限られていると言わざるを得ません。

本著は、放射線や放射能の基本的な説明に始まり、豆知識やその利用に関する情報、そして福島第一原子力発電所事故を始めとした「負の側面」まで幅広く言及されています。序章の後は6つに章立てられているので、興味のある項目から読み進めてみても良いと思います。

こんな研究で世界を変えよう!

放射線を活用し、生活習慣病やがんに関わる分子を追跡

生活に役立っている放射線

「放射線」「放射能」という言葉に対し、ある種の緊張感を抱く方は少なくないと思います。ニュース等のメディアでは負の部分が強調されることもしばしばですが、その一方で、医療、農業、工業、エネルギーを始めとする多くの分野で放射線が私たちの生活に役立っているのもまた事実です。

医学・薬学では診断や治療に利用

放射線と一口に言っても、その種類は様々です。α線、β線、γ線、X線、中性子線…皆さんも耳にされたことはあるのではないでしょうか。そして、これら個々の特性を活かし、医学・薬学領域で放射線は診断や治療に利用されています。

医療の三本柱は「予防」「診断」「治療」です。その中で、患者さんに投与後、放射能の分布を身体の外から測定することで病巣を発見できる放射性医薬品は、臨床上の診断、さらには治療において欠かせないツールとなっています。その対象は、脳、心臓、骨、悪性腫瘍、炎症など多岐にわたります。

機能性分子に放射性同位元素を導入

さて、生体には不要な変性物質を処分する細胞:スカベンジャー(掃除屋さん)が存在します。私は研究テーマの一つとして、こうした細胞が持つスカベンジャー受容体(変性物質を認識するタンパク質)に結合する分子にγ線を出す放射性同位元素を導入し、その生体内での動きを追跡しています。この研究を通じ、スカベンジャーが関与する悪性腫瘍や生活習慣病といった病気の本質に迫ることを目指しています。

放射線を活用した医療への貢献。対象とする領域は多面的ですが、研究の根幹はここにあります。

放射性化合物を投与したマウスを麻酔した後、ステージに載せて撮像します。
放射性化合物を投与したマウスを麻酔した後、ステージに載せて撮像します。
テーマや研究分野に出会ったきっかけ

東京理科大学に在学中、心理学の講義で山中祥男先生(現:上智大学名誉教授)に「精神疾患を患った方をカウンセリングする時があるが、人の心は到底理解できるものではなく無力さをひしひしと感じる。だから皆さん、薬の力でそうした患者さんを救って欲しい」と語りかけられたことが忘れられませんでした。

卒業研究で、当時の尖端技術として注目されていた「脳の機能を可視化する」機会に恵まれたことが、その後の研究(放射性化合物を用いた病態の解明)に繋がっています。

小動物用SPECTカメラと一緒に。見た目は何の変哲もない「箱」ですが…。
小動物用SPECTカメラと一緒に。見た目は何の変哲もない「箱」ですが…。
先生の研究報告(論文など)を見てみよう

「スカベンジャー受容体のイメージングに基づく生活習慣病および悪性腫瘍の評価」

詳しくはこちら

先生の分野を学ぶには
もっと先生の研究・研究室を見てみよう
学生たちはどんなところに就職?

◆主な業種

(1) 病院・医療

(2) 薬剤・医薬品

◆主な職種

(1) 薬剤師等

(2) 基礎・応用研究、先行開発

◆学んだことはどう生きる?

先生の学部・学科は?

所属している研究施設(放射性同位元素研究センター)には小動物用SPECT(single-photon emission computed tomography:動物に投与した放射性物質の体内分布を画像化する装置)があります。学内外の複数の研究室と協力し、新たに合成した化合物や様々な疾患モデル動物を用いることで、病気の成り立ちに関する解析や、診断から治療へと連続性を持たせた基礎研究を進めています。

マウス体内の放射能分布を解析しています。CT(骨格)との重ね合わせ画像です。
マウス体内の放射能分布を解析しています。CT(骨格)との重ね合わせ画像です。
先生の研究に挑戦しよう!

がんの診断を目的として、日本では毎月4万件以上の「FDG-PET」検査が実施されています。これは、[18F]fluorodeoxyglucose([18F]FDG:グルコースと類似した構造を持つ化合物に、フッ素の放射性同位体を導入した医薬品)を投与したがん患者さんをPET(positron emission tomography)カメラで撮影し、がんの位置を特定するというものです。その原理を調べてみましょう。

中高生におすすめ

がんの消滅 天才医師が挑む光免疫療法

芹澤健介(新潮新書)

外科的手術、放射線治療、化学療法(抗がん剤)、免疫細胞療法に続く「第5のがん治療法」と称される光免疫療法の開発から実用化までの経緯を、丁寧にまとめられています。

光免疫療法の発見には小川美香子先生(北海道大学)と光永眞人先生(東京慈恵医科大学)が深く関わられていますが、その際の「発想の転換」は一読の価値ありです。また、本治療法を世に送り出すまでに携わった方々の尽力など、薬の開発についても勉強になると思います。
※文中の先生の所属は2024年現在


私の個人主義

夏目漱石(講談社学術文庫)

「皮相上滑りの開化」という言葉は、現代文の教科書で目にされた方もいらっしゃるでしょう。本書に掲載されている「現代日本の開化」の中にある一節ですが、明治を生きた漱石が、まさに今の日本に通じる思想を投げ掛けているのには驚かされます。

科学と文化の共生を考える上で、文科系・理科系志望を問わず読んでいただきたいです。関連して『「文系学部廃止」の衝撃』(吉見俊哉〈集英社新書〉)も。また、個人的に漱石が好きなので、かの文豪の小説も是非どうぞ。


読書する人だけがたどり着ける場所

齋藤孝(SB新書)

もはやSNSは生活に欠かすことができません。必要な情報はスマホやPCから簡単に得られる現在、果たして本を読む意義、活字から得られるものとは何なのか?

大学に進学する、あるいは社会人になると、知識はもちろん、思考力や表現力が求められることになります。読書がそれら全てに対して答えを示してくれるとは言えませんが、その道しるべにはなるのではないか…そう考えさせられる一冊です。「おススメ」の本も目的ごとに紹介されていますから、参考になるかも知れませんね。

一問一答
Q1.18才に戻ってもう一度大学に入るならば、学ぶ学問は?

やはり薬学…なのですが、医学や看護学など医療系の学問を幅広く学びたいとも思います。もう一つ、入学してみたい候補は理学部生物学科です。生き物が好きで、フィールドワークへの憧れがあるので。

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ?

① フィンランド:学会やミーティングで何度か訪れましたが、人々の営みと自然との調和に惹かれました。
② ベルギー:こちらも訪れたのは2回ほどですが、街並みが美しく、日本人と合う性格の方が多かった印象です。あとはビールですね。

Q3.感動した/印象に残っている映画は?

『この世界の片隅に』(片渕須直監督):戦時下でも逞しく、強かに「豊かな」日常を生きる人々の姿を描いたアニメーションの佳作。ちなみに、こうの史代さん(原作者)の漫画はどれも面白いのでおススメです。

Q4.研究以外で、今一番楽しいこと、興味を持ってしていることは?

ポタリング(自転車)で京都の路地裏巡り。時々迷子になりますが、飽きません。

Q5.好きな言葉は?

よろづのことどもをたづねて、末を見ればこそ、事はゆゑあれ。(『堤中納言物語』「虫愛づる姫君」より)


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