近畿大学は、2002年、世界ではじめてクロマグロ(本マグロ)の完全養殖に成功しました。完全養殖とは、親魚から卵をとって、人工授精させ成魚まで育て、またその成魚が親魚となる、魚の一生を完全に人間がコントロールする養殖です。
天然の稚魚を捕まえて餌を与えて大きく育てる養殖(畜養といいます)と異なり、これが成功すると、天然の魚資源を圧迫しません。クロマグロの完全養殖を成功させるためには、クロマグロの生態や行動、分類、生息する海洋環境、水質、飼育方法、エサの開発、さらには養殖による環境汚染の解決など、様々な研究が必要でした。
私は、人間の生活と水域生態系の調和という観点からの研究に取り組んでいます。具体的な研究テーマの一つは、クロマグロ養殖が造礁サンゴにどんな影響を及ぼしているかについてです。奄美大島にある近大のクロマグロ養殖場では、エサの食べ残しや排泄物で海を汚すクロマグロ養殖と、透明度の高い清澄な海を好む造礁サンゴが共存しています。
この両者の共存のメカニズムがわかると、環境保全型の持続的なクロマグロ養殖が可能になります。持続的な開発目標であるSDGsとの関連も深く、特に目標14「海の豊かさを守ろう」に直結している研究です。
魚の腸内の善玉菌を増やせ!健康で安全な養殖魚の生産を
研究テーマの二つ目は、干潟の水質浄化機能の解明です。干潟は、河川を通して流れこむ生活排水や、近くの養殖漁場からの有機物による負荷を受けます。干潟が持つ水質浄化能力を、水質や底質の化学分析や、干潟に棲む生物の存在量、特に水質・底質の浄化に大きく貢献する微生物群の機能解析などを通して明らかにします。干潟への理解を深めることは、環境への負荷を減らす意識を高めることにつながります。
そして三つ目は、魚の消化管内の細菌の解明です。ヒトなどほ乳類では腸内細菌がからだの免疫機能に影響するなど、様々なことが明らかになってきています。しかし魚の消化管内細菌についてはいまだ研究途上です。養殖魚の消化管内の細菌がどのように形成されるのか、魚の消化管内環境をどのようにすれば善玉菌が定着して増え、健康な養殖魚を育成することができるのかを明らかにします。それによって薬剤を使わずに健康で安全な養殖魚の生産を目指します。
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「8.食・農・動植物」の「28.水産資源、養殖」
一般的な傾向は?
●主な業種は→各種製造業(主に食品)、漁業・養殖業、専門技術サービス業、商業・小売業、教育・学習支援、公務、情報通信業、建設土木業、一般サービス業など
●主な職種は→製造、品質管理、研究・開発、調査、営業など
●業務の特徴は→様々な分野に進むため一概には言えませんが、製造、品質管理、研究開発が多いように思います。他には、製薬会社のMR(医薬情報担当者)、中学校・高等学校の理科教員、水産系高校の教員、都道府県・市町村の水産系の公務員などです。
分野はどう活かされる?
都道府県の水産試験場などに公務員として勤務し、漁業資源調査など水産全般に関わる様々な仕事に取り組む人がいます。環境調査会社や建設コンサルタント会社に進み、水質、底質、水生生物調査などの仕事に携わっている卒業生がいます。水質や底質の化学分析、魚類の行動解析といった経験が生きています。
水産会社でクロマグロの輸出入を担っている卒業生もいますし、養殖会社で魚類の養殖を行っている学生もいます。いずれも学生時代に学んだ養殖場やそれを取り巻く水圏環境に関する知識や調査技術が現在の仕事で直接役に立っています。食品会社へ就職して品質管理、新規食品の開発等を行っている卒業生も大勢います。
NPO法人で実際に小学生たちを干潟に連れて行き、生物調査を通して干潟の生態系サービス機能について教える仕事に取り組んでいる卒業生もいます。この卒業生は言うまでもなく、干潟の研究をずっと続けていました。水産高校、中学校や普通高校で理科の教職に就く卒業生もいます。
水族館の飼育員になっている卒業生もたくさんいます。水族館の飼育員は、単に水生動物の飼育に長けているだけではなく、水生動物が生息できる環境について知っている必要があります。養殖場の野外調査で行う水質・底質の化学分析に関する知識が存分に生かされています。
近畿大学農学部水産学科は、近畿大学水産研究所と緊密に連携しながら、クロマグロの完全養殖などを成し遂げてきた、魚類養殖のパイオニア的な存在です。養殖の基礎学問分野となる魚介類の生理学・生態学・遺伝学・分類学はもちろんのこと、養殖場の環境保全学や水産経済学など、魚類養殖を取り巻くあらゆる科学の教育研究を行っています。
最大の特色は、魚類養殖の生産現場である近畿大学水産研究所(和歌山県白浜や鹿児島県奄美大島など全国7ヶ所のほか、マレーシアの国立サバ大学海洋養殖学研究所とも提携)を利用した、現場密着型の実習や研究だと思います。臨海実験所や研究所、海洋実習船を持っている大学は多々ありますが、実際に魚に餌を与えて育てる養殖生産を行い、市場に出荷までしている現場を持つ大学は、ほかにはありません。
もっとも、養殖学に凝り固まっているわけではなく、干潟におけるカニなどの底生生物が水質浄化に果たす役割の研究や、「イルカは左利きか」といった研究も幅広く行っています。
自然、食料、生命、環境、エネルギーといったキーワードに少しでも皆さんの心のアンテナが反応するようであれば、農学という学問分野は皆さんの期待を裏切らないと思います。また農学分野でもICT(情報通信技術)化は必須となっており、近大農学部でもICT教育を全面的に取り入れています。
AI(人工知能)をフル活用したスマート農林水産業の研究も近畿大学農学部では幅広く行っています。水中ドローンを使った養殖魚の行動観察や環境調査も学生諸君と共に行っています。興味があればまずは是非大学のホームページを見てみてください。自分自身で情報をしっかり集めて、将来の方向性を定めてください。
「水域の環境調査」
身近な水圏、河川、湖沼、海に観測点を設定して、まず自分の感覚器官のうちの味覚を除く4つの感覚を駆使して観察してください(味覚を使うのは危険な場合があります)。水はどんな色をしているか、どんなニオイがするのか、水に触ってみるとどのような感じか、透明なコップに水をすくってみると濁り具合はどんな感じなのか。これを、月一回、同じ場所で行ってみると、様々なことが見えてきます。水温や天気も記録しておくと良いと思います。
初夏になると水が少し緑色になる(水温の上昇に伴い植物プランクトンが増殖し始めている)、冬季になると水が澄んでくる(水中の生物生産が低下した)、温泉のようなニオイがする(底層が貧酸素化し、硫酸塩還元細菌が増えて硫化水素が発生しているの可能性がある)。
さらに興味が持てるのであれば、簡単な水質分析も行ってみましょう。パックテストといって、水質を分析する簡易検査キットが、熱帯魚などを販売しているペットショップでも売っていますし、通信販売でも手に入ります。また、魚釣りも立派な環境の観測手法です。どのような魚が、いつどれくらい釣れるのか、同じ場所で釣果を記録してみると、環境条件と魚の生態について考察することが可能になります。