2016年はVR元年と言われます。バーチャルリアリティ(VR)技術は、ゲームに代表されるようにビジュアルに訴えかける技術で世の中を賑わしました。VRの専門家、鳴海先生は、視覚だけではなく、五感全部を使った「知覚」の編集で、現実を変えます。時には人間の感情まで変えてしまう先生の研究のめざすものは、VRの新たな可能性の発見です。
VRで知覚を編集!味が変わる!満腹感が変わる!
VRを研究しています。2016年、ヘッドマウントディスプレイを用いたVRゲームが流行りました。話題の中心は視覚表現のすごさでした。それに対し僕は五感全部を使った新しいVRを研究しています。
その1つの例に、「メタクッキー」という研究があります。特殊なヘッドマウントディスプレイをつけて食べると、普通のクッキーがチョコレートクッキーに見えるだけでなく、食べるとチョコレート味に感じるんです! 実験では8割の人がチョコレートの味がすると言いました。その秘密は、匂いの出る装置。チョコレートの香りが出てきます。見た目(視覚)と匂い(嗅覚)の両方を変えることで「味」を変えてしまうのです。
教科書レベルでは人間の五感は独立していると習ったかもしれません。例えば視覚情報は、味覚には影響しないはず。しかし実際には、我々の脳は不足している情報を補う能力を持っていて、五感も影響し合っています。
そういう現象をクロスモーダル効果といって、見た目や匂いによって味が変わるというのもその1つです。これをVRで活用して、新しい感覚情報提示の方法を作る研究をしてきました。
そんな研究の2つ目の例は、「拡張満腹感」です。食べ物の大きさを変えて見せると、食べる量が変わるという研究です。
学生さんに「おやつ食べ放題の実験だよ」と呼びかけるとみんな喜んで来てくれます。ヘッドマウントディスプレイをつけると目の前のクッキーのサイズが変わります。3回来てもらい、日によって見える大きさを小さめ、普通、大きめに変えます。その結果、ある人は小さめなら13枚で、普通サイズは11枚で、大きめでは7枚で満腹になりました。本当のサイズは変わっていないのに、VRでクッキーのサイズを大きく見せると、普通のサイズに見えた時と比べて、参加者平均で食べる量が1割減少したのです。このように見た目をちょっと変えただけなのに、私たちの満足感、満腹感は大きく変わり、食べるという行動が変わるわけです。
3つ目の研究は「扇情的な鏡」というもの。三面鏡の真ん中の鏡だけディスプレーになっていて、鏡に写った自分の表情が笑顔や悲しい顔に変わります。
笑顔の自分を見ると楽しい気分になり、悲しい顔を見ると悲しい気分になる、というふうに感情に影響を与え、狙った方向に感情を変えることができるのです。
この方法を用いて、VRで落ち込んでいる人を励ましたり、鬱などの治療に使えないか、研究を始めています。最近ではVRで違う立場を体験すると、人種差別意識が低減できるといった研究も出てきています。VRでの体験が人や現実をどう変えていくのか、これからはVRを使った新しい可能性にチャレンジしたいと考えています。
Playroom VR
Sony Interactive Entertainment
PS VR向けのゲームで、みんなでわいわいと楽しめる作りになっています。VRの醍醐味は、実際に体験してみた際の驚きにあります。家庭用のゲーム機でそうした体験が気軽にできるようになったので、興味を持った方には是非一度体験していただきたいです。特におすすめの内容はMONSTER ESCAPEで、HMDを装着した人と、装着していない人が対戦する形式のゲームです。HMD装着者は恐竜となって街を壊し、装着していない人は恐竜を攻撃して撃退を目指します。HMDを付けた人がまるで恐竜になって暴れ回るような感覚を体験できるだけでなく、HMDをつけていない人と一緒に盛り上がって遊べるようなゲームデザインになっていて、VRを使ったエンタテインメントのあり方の1つの方向性を示す素晴らしいゲームです。
実際にVRを体験してみて、まずは夢中で遊んでみてください。そのあとで、どこが面白くて、どこが物足りなかったのか、こうするともっと面白いVRが作れるのではというところを想像してみましょう。
いずれ老いていく僕たちを100年活躍させるための先端VRガイド
廣瀬通孝(講談社星海社新書)
日本のVR研究の第一人者がVRを活用して高齢化社会をどう変えられるかを書いた本です。VRの歴史から先端技術まで、そしてその可能性や社会的インパクトについてもわかりやすく説明されていて、自分たちの未来を考える上でも役に立つ一冊です。