私は、栄養素としての「リン」に着目した研究を行っています。リンは、骨や歯を作り、筋肉や体を動かす上で必須の栄養素ですが、近年過剰に摂取することで、様々な生活習慣病や老化の原因になることが細胞や実験動物を用いた研究、さらにはヒトを対象とした研究などでわかってきました。特に慢性腎臓病の患者さんでは、リンを過剰摂取は治療の効果が悪くなる原因となります。また、リンを過剰摂取したときの体への影響にも個人差があることもわかってきました。さらには、健康な人でもリンの過剰摂取は、様々な影響を及ぼすことが示されつつありますが、妊婦さんや乳幼児に及ぼす影響は明らかにはなっていません。
私たちの研究室では、体に必要なリンの量を一定に保つ仕組みを明らかにすると共に、リンの過剰摂取が体に及ぼす影響やそのメカニズムを明らかにし、健康に過ごすために、あるいは病気の人がさらに悪くなることがないようにするために、どのような食生活が良いのかを明らかにしたいと考えています。
リンがなぜ病気に関わるのか明らかにしたい
私たちは、リンがなぜ病気の発症や悪化に関わっているのか、細胞や実験動物を用いて分子レベルで明らかにする研究を行っています。食品によるリンの含量の影響だけでなく、腸からのリン吸収率も人によって異なっていることがわかってきました。私たちは、食後に血中のリン濃度が上がりやすくなる遺伝因子を見つけており、そのメカニズムの解明に取り組んでいます。このような成果を、腎臓病の患者さんの食事療法に応用するだけでなく、生活習慣病や老化を抑制するための食事管理の提案につなげていきたいと考えています。
また、妊娠中の食事が将来産まれてくる子供の健康に影響を及ぼすことが様々な研究で明らかとなってきており、エピゲノム修飾と呼ばれる遺伝子の働きを調節する仕組みが注目されています。私たちはリンの過剰摂取とエピゲノム修飾との関係についても研究を進めています。この研究により、妊娠期からの食事指導が重要であることが科学的に証明されれば、生活習慣病予防の対策が大きく変わることになるでしょう。
一般的な傾向は?
- ●主な業種は→医療、行政、食品、製薬、教育
- ●主な職種は→管理栄養士、研究・開発、大学教員
分野はどう活かされる?
・病院の管理栄養士:栄養学・臨床栄養学の知識を活かして、病院において患者さんの栄養管理・栄養指導を行っています。個々の患者さんの病状や治療状況にあった食事の提供や、家庭での食事の方法についてアドバイスを行います。
・保健所や市町村保健センターの管理栄養士:住民の健康増進のために栄養施策を立案したり、地域住民とともに栄養状態の改善に努め、生活習慣病などの予防を推進します。
・食品会社や製薬会社の研究・開発員:病気の患者さんの栄養状態を改善する食品や、病気の治療に用いる医薬品の研究・開発を行っています。
・管理栄養士養成施設の大学教員:管理栄養士を養成するための教育に携わるほか、栄養学や臨床栄養学の研究を行います。
私が高校生の時には、栄養学を学びたいというよりも、化学をもっと学びたいと考えていました。栄養学も化学の延長にある学問です。大学・大学院での恩師の先生との出合いや、栄養学研究の楽しさを知る機会があり、栄養学の研究者を目指すことになりました。まずは、興味を持って取り組んでみること、また、置かれた環境で頑張ってみることで、大事なことが見つかると思います。視野を広く持ち、柔軟に考えることが重要です。栄養学は、まだまだ研究が遅れているところがあります。現在の栄養学の課題をブレイクスルーするような発見や技術革新を目指してみませんか。
他大学では、栄養学科は、家政学部や農学部に設置されるものがほとんどですが、徳島大学医学部医科栄養学科は、全国で唯一の医学部に設置された管理栄養士養成課程です。昨今、管理栄養士の病院での役割が拡大していることから、2014年に、これまでよりも医学に特化した栄養学の教育・研究機関となるべく、医科栄養学科に改組しました。
そのような背景もあり、本学医科栄養学科では、8つの研究室において肥満・糖尿病、骨粗鬆症や筋萎縮などの老化関連疾患、慢性腎臓病、周術期の栄養代謝、腸内細菌と疾患、免疫・感染症など臨床医学に近い分野の研究が展開されています。最近では、宇宙栄養学という新しい研究分野に取り組んでいる研究室もあります。
本学の医科栄養学科は、高い研究レベルで国内の栄養学研究をリードしています。わが国の栄養学博士の約3人に1人が徳島大学から学位を授与されています。大学院への進学率は高く、学部生の約半数が大学院に進学します。また、大学院生が多いので、教員だけでなく大学院生も細かく指導してくれます。大学院修了生の多くは、教育・研究・臨床のいずれの分野においても指導的な立場で活躍しています。
興味がわいたら~先生おすすめ本
栄養学を拓いた巨人たち
杉晴夫
現在の栄養学がどのようにして発展してきたのかについて、関わった研究者たちの苦労を交えてわかりやすく解説している本。エネルギー、三大栄養素、消化と吸収、ビタミン、ATPなど、今日では当たり前のことが明らかにされるまでには、想像を絶するような苦難や論争があった。また、併せて日本における栄養学の発展の歴史から現在の課題についても記されている。栄養学は、純粋な科学としての学問体系の一つであると同時に、人の健康増進を図るための「実践の学問」でもある。本書は、単に栄養学の知識を得るためのものではなく、栄養学とはどうあるべきかを考えさせてくれる良書であり、栄養学を目指す学生さんには一読を勧めたい。 (ブルーバックス)