電子は自転することにより磁石となっていますが、多くの物質では互いに逆向きの回転をする電子が同じ軌道に収まるために磁石の性質は打ち消されています。フリーラジカルとは、打ち消す相手のいない電子(不対電子)を持つ物質です。
体の中にもともとあるフリーラジカルの量は非常に限られているため、フリーラジカルの目印を外から体の中に入れることにより多くの情報を得ることができます。フリーラジカルは磁気共鳴法で測定されます。磁気共鳴法というと馴染みがないかと思いますが、病院で行うMRI検査は磁気共鳴法を応用した画像診断法です。私は、MRI装置やフリーラジカルのみを検出できる電子スピン共鳴(ESR)装置を使って研究を行っています。
私の研究の一つに活性酸素の研究があります。体の中では酸素の一部から活性酸素が生じ、酸化的に様々な分子を傷つけます。一方、体は活性酸素を還元的に無毒化する防御システムでこれに対抗しています。すなわち、体の中では絶えず酸化と還元のせめぎ合いが続いており、活性酸素が増えすぎると病的な状態に導かれることとなります。私は、病気による酸化還元バランスの変化について、酸化によりフリーラジカルとなる化合物を用いて磁気共鳴法で調べる方法を開発しています。これが達成されれば様々な病気のメカニズムを活性酸素の面から知ることができ、さらに病気の予防法や診断法の開発にもつながります。
薬物送達システムへの応用、そして診断・治療を同時に行える多機能造影剤の開発へ
医薬品にフリーラジカルで目印をつけると、胃内で医薬品がカプセル剤などから溶出する様子や静脈注射した医薬品が体内で分布する様子をMRIで調べることができます。私はこのようにフリーラジカルを薬物送達システム(DDS)の研究にも応用しています。さらに、がんに運ばれることがわかっている薬物担体に抗がん剤と共にフリーラジカルを結合させ、フリーラジカルの目印でがんへの送達が確認できれば即座に抗がん剤をスイッチオンして治療を行える、多機能MRI造影剤の開発も行っています。私が開発している多機能造影剤は、薬物の動向を可視化できるため効果的ながん治療に貢献できると考えます。
一般的な傾向は?
●主な業種は→調剤薬局、病院
●主な職種は→薬剤師
●業務の特徴は→調剤業務、病棟薬剤業務 など
分野はどう活かされる?
薬学部であることから薬剤師として調剤業務に就く卒業生が多いです。病気と活性酸素との関係に関する知識は、患者さんに対する健康指導に活かせると思います。
崇城大学薬学部では薬物送達システム(DDS)に関する研究が盛んであるのが特色です。平成23年には西日本で最初のDDS研究所を国の助成を受けて新設し、さらに、平成24年には大学院博士課程を新設しました。研究内容は、がんを標的とした抗がん剤の送達システムの開発、薬物の放出/溶出速度の制御、不安定医薬品の新投与経路の開拓、DDSを利用した画像診断法の開発など多岐にわたります。DDSについてバイタリティーに富む研究者が指導教員として多く在籍し、また大学内の他学部(工学部/生物生命学部)や熊本大学との連携も盛んに行われており、医薬品の高度化を学ぶ体制が整っています。
薬は、とても複雑な人の体の中で病気を治すという目的のため、多種多様な工夫がなされています。いわば薬は人類の英知の結晶と言えるかもしれません。より効果的に、より安全に薬を使うための工夫について研究を行うのが薬学の「物理系薬学」で、物理系と言えど高校化学で学ぶ内容が多く利用されています。また、日頃から身近な現象に興味を持ち、「なぜ」を考える習慣を身につけましょう。
活性酸素やフリーラジカルの測定には、磁気共鳴法の一つである電子スピン共鳴(ESR)が必要ですが、大学の研究室で借りることにより、身近なもの(食品、材料など)にどのくらいフリーラジカルが存在するかを調べる実験が可能かと思います。また、食品の中には、活性酸素やフリーラジカルを消す働きを持つ成分が含まれています。人工的に発生させたフリーラジカルを消す効果が、どの食品で強いかという実験も組めるかと思います。このような実験は、既に奈良教育大学教授の梶原篤先生が帝塚山高等学校の生徒とともに実施しています。