世界的に、この数10年、子どものぜんそくやアトピー、生まれてくる赤ちゃんの先天異常の割合が増加し続けていており、何らかの有害化学物質も原因の一つではないかと疑われています。また、豊洲市場の土壌汚染は大きな社会問題となりましたが、現在、国内でも数万箇所の土壌汚染が潜在していると言われています。これらのように、身の回りにある多様な化学物質による「リスク」を評価して、「リスク」の大きさに基づいて適切に対策・管理することは、「環境リスク制御・評価」分野の環境化学の研究者にとっても、非常に重要な研究対象となっています。
私は環境安全科学という専門の立場から、現在の法規制では十分に管理されておらず、高リスクが懸念される化学物質を探し出し、その発生源を明らかにする研究をしています。社会では5~10万種類もの化学物質が使用されており、その管理には「リスク」の大きさに基づく管理が重要です。毒性が高くても、わずかな摂取量であれば悪影響は生じず、社会で有用に使用できるかも知れません。逆に毒性が高くなくても、高濃度で長時間摂取すれば、リスクが高くなることもあります。
高リスクが懸念される物質については、汚染の効率的な測定技術や浄化技術等の化学物質を管理するための研究も行っています。これらは、有害化学物質による被害発生の未然防止や新たな法規制の検討の有用な知見となるでしょう。
過剰な浄化は環境によいとは限らない
私の取り組んでいる、「土壌汚染地のリスクの大きさに基づく、効率的な土壌汚染対策の研究」については、環境基準値を達成するという管理ではなく、リスクの大きさに基づく管理が特に重要となります。
現在、土壌汚染が見つかると、多くの場合は多量の汚染土壌を掘り出して、焼却や埋め立てなどが行われています。これには、たくさんのエネルギーや費用をかけて、二酸化炭素や窒素酸化物の排出などの別の環境負荷を生じさせる過剰な浄化となっていることが少なくありません。日本の土壌は、自然の状態でも環境基準値を超える地域がたくさんありますが、地下水を飲用しなければ特に問題となりません。自然由来のヒ素の濃度が基準値の10倍の地下水も、温泉水として安全に利用されています。一方、飲用井戸が近くにあるなどの高リスクな土壌汚染地は優先して対策するべきであり、近年は世界的にも、環境、経済、社会への影響を評価して対策手法を考える、サステイナブルレメディエーションという考え方が広まりつつあります。
私たちは、土地の用途等を考慮してリスク評価し、経済や社会への影響も考慮して、より妥当な対策手法を検討・提案する研究を行っています。
一般的な傾向は?
- ●主な業種は→プラントエンジニアリング、環境調査・コンサルタント、公務員・公的機関
- ●主な職種は→研究開発、設計、施工管理、環境行政など
- ●業務の特徴は→環境や安全に配慮した研究開発やコンサルティング、設計、施工管理など
分野はどう活かされる?
・環境・調査コンサルタントとして、化学物質の環境汚染の調査や評価をして、リスクに基づく対策を検討、提案する業務・大気や水をきれいにするための環境プラントの設計、プラント建設の施工管理や適切な運転管理や改善などの業務・行政の環境部署や公的機関などの技術系職員として、環境の調査や改善のための研究をしたり、工場などに安全や環境を配慮した操業について指導したり、改善のための行政施策を検討したりするなどの業務
「化学物質」は、私たちの様々な社会問題を解決し、生活を支えてくれています。現在直面する地球温暖化や、人口増加と水・食糧問題についても解決してくれるかも知れません。
人類が「火」を上手に制御・管理してこの文明を築いたように、多様な「化学物質」を上手に制御・管理することで、より豊かで安全な社会を築くことができることでしょう。「環境リスク制御・評価」分野で「リスク」という考え方を理解し、安全で安心な「化学物質」の社会での利用方法・管理方法について学んで欲しいと思っています。
横浜国立大学は、昭和42年に全国初の「安全工学科」、また昭和48年に全国初の「環境科学研究センター」を設置して以来、長年にわたり事故等の分析・評価と防止技術、化学物質の安全管理、環境の評価と保全等について、多数の研究成果を挙げ、多数の専門家を育成してきました。
企業や行政機関などで実際に化学物質のリスクを管理する上では、人や生態系への環境リスクのみではなく、爆発や火災などのフィジカルリスクを考えたり、社会の様々なリスクと併せて学ぶことも重要です。本学では、環境リスクのみではなく、爆発や火災などのフィジカルリスクを専門に研究する教員も多数おり、学部でも大学院でも総合的に化学物質のリスクや安全な管理方法を学ぶだけでなく、文理融合の視点から社会や経済についても学ぶことができる、特徴的なカリキュラムとなっています。
興味がわいたら~先生おすすめ本
胎児の複合汚染 子宮内環境をどう守るか
森千里
胎児の先天異常が何故生じているかの解明や、複合汚染のリスク評価をどのようにすべきかは、今なお、「環境リスク制御・評価」分野での最先端の研究テーマとなっている。1997年、『奪われし未来(シーア コルボーンほか:著)』という本が出版され、「環境ホルモン」と疑われる化学物質によって、次世代(生まれてくる赤ちゃん)への悪影響などが懸念され社会問題となった。この本は、その数年後に出版された本だが、胎児への化学物質の悪影響は現在も世界的に重要な研究課題となっていることがわかる。この本では、本問題の重要性を指摘するとともに、化学物質のリスク評価研究のさらなる発展の重要性や、予防のための考え方を提案する内容となっている。 (中公新書)