ヒトラー演説 熱狂の真実
高田博行(中公新書)
ヒトラーの演説と言うと皆さんは、「大きなジェスチャーに国民が熱狂した」と思うのではないでしょうか。本書はこのイメージを崩していきます。ジェスチャーだけが熱狂の理由なのではなく、演説で語られたことばそのものにも秘訣がありました。断定で反論を封じ、繰り返しで耳に流し込み、誇大表現で頭に叩き込み、曖昧表現で言いくるめて、聴衆の心理を操りました。
国民がヒトラーの演説に熱狂したのは、一時期に限られました。演説のラジオ放送を聞くことが義務にされることで演説が飽きられ、戦争が始まってからは、演説内容の嘘に国民が気づき始めたからです。本書は、言葉で成り上がった独裁者が言葉でつまずいた真実を暴いています。
独裁者のことばを聞き分けよ!ヒトラーのことばの威力を分析
巧みに国民を誘導
独裁者は、登場のタイミングを見計らっています。では、どうすれば独裁者を見抜けるでしょうか。私は、ことばに注目することで見抜けると思っています。
独裁者は、巧妙な語り方(「修辞」)で国民を誘導します。歴史をさかのぼると、ヒトラーは、白黒図式で「戦争か平和か」と言って二つの選択肢を見せるふりをしながら、片方を選ぶよう誘導しました。
「唯一の」ということばで、世の中に何千何万とある選択肢を隠して一つしかボールを見せず、「敗北」を「撤収」と言い換え、不都合な事実をさしさわりのない表現にすり替えるのも得意でした。
国民の戦意が落ちるから「和平」は使用禁止
またヒトラーは、「未来」「発展」といった実体のないマジックワードで国民をあざむきました。
独裁者は、《ことばの威力》をよく知っているので、新聞記事などのことばに介入します。ナチドイツでは、例えば「和平」という語は国民の戦意を減退させるので使用しないこと、戦争目的は「恒久平和と生活圏の保持」という曖昧な表現で示すことなどの通達が宣伝省から出されました。
ナチス宣伝省の通達が、どれだけ新聞記事に反映されたか
私は現在、宣伝省が出したことばに関する通達を整理し、通達が実際に新聞記事のことば遣いにどれほど影響力を持ったのかを調べています。『ハンブルク新聞』12年分の全記事をデータ化(数千万語規模のコーパス)するなどして、統計分析により傾向性を解析中です。
私は言語学の方法で、歴史の声を聞くことに挑んでいます。歴史は、為政者のことばを聞き分けよ!と教えてくれています。
「ナチドイツの言語統制に関する修辞学的・コーパス言語学的研究―言語学と歴史学の協働」
佐藤恵
獨協大学 外国語学部 ドイツ語学科
ベートーヴェンの筆談帳(耳が聞こえなくなってから用いた会話のメモ帳)を資料とし、19世紀初めのウィーンにおける音楽家の日常生活を言語面から分析しました。このテーマで大学院生時に、日本独文学会賞を受賞しています。また、モーツァルト一家の手紙文を調査して、言語面からこの音楽家一家の日常生活の分析も行っています。
◆研究を通して学ぶこと
私たちは日常生活の中で、ことばや図像によるイメージ戦略によって誘導されています。ゼミの目標は、このイメージ戦略を分析するための方法を学び、情報操作・イメージ誘導に踊らされない視点の持ち方を獲得することです。
◆「ヒトラーの演説術を言語学者が分析 実は途中から飽きられていた!」(LITERA)
◆「中公新書 ヒトラー演説」(中央公論新社)
◆主な業種
(1) 官庁、自治体、公的法人、国際機関等
(2) ソフトウエア、情報システム開発
(3) マスコミ(放送、新聞、出版、広告)
◆主な職種
(1) 一般・営業事務
(2) 宣伝、広報、IR
(3) 商品企画、マーケティング(調査)
◆学んだことはどう生きる?
SNSで動画を作成・投稿するサービスの運営会社で活躍中の、元ゼミ生がいます。彼女は私のゼミで自らのプレゼンテーションや議論を通じて、社会にそして個々人に与えることばと画像の威力の大きさを認識し、情報を誠実に発信することの重要さを学びました。彼女はその学びを活かして、情報操作やイメージ誘導に流れることのない動画の作成・発信法を常に意識しながら、サービスの質的な向上を目指し現在の仕事に当たっています。
学習院大学文学部ドイツ語圏文化学科の教育・研究の対象は、ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス等)の文化、芸術、文学、歴史、現代事情など広範囲に及びます。学生は、その基盤となるドイツ語について、実用語学として《話す、聞く、読む、書く》という4技能を学習するだけでなく、言語学という観点からドイツ語を学術的に分析します。専任教員7名のうち3名が言語学を専門とする研究者で、ドイツ語の構造、社会における使用実態、歴史的な発展等について学生を指導し、学生と討議しながら授業を進めます。