難民政策を転換!難民がビジネスに取り組み、受入国も豊かに
難民は何を食べているのだろう
「難民」という言葉を聞いて、どういうイメージが思い浮かびますか。沈みそうな船に乗っている様子?地平線まで並んでいそうな仮設住宅やテント?食糧配給を求める長い列?みすぼらしい身なり?悲しそうな表情?
ここで質問です。難民は毎日、何を食べているでしょうか。どんな家に住んで、どんな服を着ているのだろう。学校には行っているんだろうか。スクールライフはどんな感じだろう。どんな仕事をしているのかな。友達関係や恋は? こうしてみると、私たちは難民として生きることがどういうことかについて、案外知らないかもしれません。
闇のグローバリゼーション
難民はグローバルな移動者です。グローバリゼーションとは、ヒト・モノ・情報が国境を越えて様々につながる現象です。
皆さんにも関わりやすい留学、観光、ビジネス、インターネットなどを光のグローバリゼーションとすれば、報道で目にするだけの戦争・紛争・テロ、犯罪、気候変動、外来種問題といった闇のグローバリゼーションもあります。COVID-19のパンデミックは、闇のグローバリゼーションがみなさんの生活域に侵入した例ですね。
難民の数は過去最高を更新しつづける
闇のグローバリゼーションである戦争・紛争・テロは、本人が望まない形で国境を越え、他国で暮らさざるを得ない人びと−難民−を大量に生み出しました。難民は20世紀の両世界大戦という「戦争のグローバル化」のなかで誕生しました。21世紀に入って、紛争・迫害によって移動を強いられた人の数は約7,070万人(UNHCR 2019)と過去最高を更新し続けています。
これまでの難民問題の解決策は、(1)自主的帰還、(2)庇護国定住、(3)第三国定住でした。ですが、近年の難民の大量発生と紛争の長期化のなかで、世界の難民の約8割が、5年以上もの長期にわたって難民生活を継続しています。2016年に大量の難民が流入し、EUが混乱したことは記憶に新しいですね。
負担だった難民受け入れ、ポジティブな政策転換へ
2018年12月にニューヨークの国連総会で「難民に関するグローバル・コンパクト」が採択されました。それは、(1)難民受入国の負担低減、(2)難民の自立促進、(3)第三国定住の拡大、(4)安全で尊厳ある帰還に向けた環境整備からなります。
大きなポイントは、これまで支援に依存していると考えられてきた難民の主体性を評価し、難民の人材育成を行い、移動や労働の自由を保証することで、難民受入国の経済プレイヤーとして活躍してもらおうというものです。そうすることで、これまで大きな負担だった難民受け入れを、その国や地域社会の発展の機会にするという、ポジティブな政策転換です。
難民の経済活動を知る必要がある
難民を経済プレイヤーとして評価し、人材育成を行うためには、彼らの日常的な経済活動の有り様を知る必要があります。ただ、これまで難民は「支援の対象」として考えられてきた面が強く、難民が毎日何を食べているか、食べ物を得るためにどのような経済活動をしているか、どういった夢や希望を持って、どんな人々と関係を持ちながら暮らしているのかについての理解が進んでいませんでした。
私の研究では、アジア・アフリカの様々な国・地域で暮らしている難民が創り出す経済活動を比較しています。難民の経済活動は、難民と受入国・地域の人々の文化・歴史、社会・経済、環境の組み合わせによって決まってきます。そうすることで難民を地域の経済プレイヤーに押し上げる要因を理解し、その知見を新しい難民支援政策に活用しようとしています。
難民と一緒に暮らし、お金の流れを知る
調査はいたってシンプルです。私はケニアやタンザニアの難民キャンプでのフィールドワークを行っています。難民と一緒に過ごし、同じものを食べながら、人々が何を食べているか、食べ物を始めとする生活必需品をどこでどのように調達しているか、そうした生活必需品を得るための現金をどのように入手しているのかについて調べています。
難民と受入国の人びとは、自分たちの創意工夫でユニークな経済活動を創りあげています。同じ調査をバングラデシュ、タイ、ザンビアで行うチームで研究しています。それぞれのフィールドから得た生のデータを比較することで、難民と受け入れ地域住民との間のビジネス関係がどのように発展するのかについての比較研究を行っています。
配給されないミルクや魚が食べられる
例えばケニアやタンザニアの難民キャンプで難民の食事内容を調査すると、配給されていないミルクや魚といった食材を使った食事を頻繁にしていました。ケニアで暮らしているソマリア難民にとってのミルクや、タンザニアで暮らしているコンゴ難民にとっての魚は、私たちにとっての米のようなソウルフードなのです。
配給食はカロリーや栄養のバランスを考えて構成されています。でも、私たち人間にとって「食」とは、単なるカロリーと栄養素に還元できるものではなく、価値観やアイデンティティに関わるものです。難民は、異国において故郷の慣れ親しんだ味を求めて試行錯誤しています。
信頼関係が生まれ、ビジネスが成立
こうした難民のニーズに応えるために、キャンプ周辺の地域住民がミルクや魚を販売するビジネスが育ってきました。
ビジネスは信頼関係なしには成立しません。難民と彼らを受け入れる地域住民は国籍や民族や文化が違います。また、難民キャンプの周辺に暮らす地域住民も、多くの場合は開発援助の対象となってきました。難民も地域住民も、ともに問題を抱えていました。
このように、お互いに何を考えているのか、そもそも同じ価値観を共有できるかどうかすらわからない外国人同士が、お互いのニーズを満たすために手探りのなかで創りあげた信頼関係の上に、ビジネスが成立していました。
電子マネーでの配給 ビジネス資本も受けられる
こうした発見を踏まえて、現在のケニアでは、現物支給に代わって電子マネーでの配給がスタートしています。難民は、スマートフォンのアプリに振り込まれる電子マネーを使って、近所の商店で欲しい物を購入できるようになりました。そして貧しい難民や地域住民のなかで希望する者は誰でも、ビジネスを始めるスキルや初期資本を受けることになっています。
こうしたビジネスが発展すれば、雇用も生まれます。ケニアの難民キャンプでは、ビジネスに成功した難民の「億万長者」が生まれています。もはや難民は、受入国や地域の重荷と言うよりも、地域を発展していく「パートナー」なのです。
パートナーシップが生まれるしくみ
そうした関係が、アジアやアフリカの難民キャンプで次々と生まれています。私たちの研究では、難民と受け入れ地域住民との間にポジティブなパートナーシップが生まれるしくみを理解しようとしています。
難民を支援の対象や重荷とする時代は終わりました。闇のグローバリゼーションに光をあて、難民を新たな経済プレイヤーとして評価することで、難民とともに豊かになる方法を求めていきましょう。
闇のグローバリゼーションに光をあてることは、たくさんの課題に関わります。難民の経済活動をポジティブに評価し、その潜在力を高めることは、まず貧困や飢餓をなくすこと(1と2)、公平で活発なビジネス推進を支援すること(8と10)、難民キャンプをとりまく地域社会の環境を守ること(14と15)、公正で実効的な難民支援を実現すること(16)、そのために国連、受入国、NGO等とパートナーシップを結ぶことに(17)関わっています。
グローバルな時代においては、ある物事は別の物事と分かちがたく結びついています。自分の研究や関心を絞り込みすぎるのではなく、何とつながっているかなと拡げるように考えたら良いかもしれません。
◆先生が心がけていることは?
化石燃料や原子力をなるべく使わない生活を目指して、熱源は薪ストーブのみにしています。
奥野克己
立教大学 異文化コミュニケーション学部 異文化コミュニケーション学科/異文化コミュニケーション研究科 異文化コミュニケーション専攻
人間と人間以外の生物や物質とのつながりに注目したマルチスピーシーズ人類学や人新世の研究をしています。近代以降の人間活動によって、地球は地質学的なレベルで変化しているため、「完新世」ではなく「人新世」であるという議論があります。現代の人間活動を考えるためには、人間以外の生物や物質との結びつきを見直す必要があるという視点は、非常に重要です。
モハーチ・ゲルゲイ Mohacsi Gergely
大阪大学 人間科学部 人間科学科/人間科学研究科 人間科学専攻
病気や健康をめぐる文化、身体、科学技術との相互作用の研究をしています。私たちは自分の腕や足は動かせますが、胃や腸を意識的に動かせないですし、インスリンも分泌できません。人間の代謝に注目した糖尿病患者の身体に関する研究は、「人間は主体的に行動する」というのが私たちの思い込みに過ぎないことを教えてくれます。
三上修
北海道教育大学 教育学部 国際地域学科/教育学研究科 高度教職実践専攻
鳥類の行動や生態、電柱鳥類学が専門です。スズメのように、都市に進出して人間とともに暮らすようになった鳥類にとって、人間が建てた電柱や電線は重要です。鳥類がどのように電柱や電線を利用しているのかという、他生物の目線で人間活動や都市環境を見直している、大変ユニークな研究です。
19世紀フランスの美食家 ブリア・サヴァランは、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人か言い当ててみせよう」と言いました。食は人間と環境を映し出す鏡です。普段忘れがちですが、私たちは生物です。環境から他の生物や物質を取り込まないと生きていけません。
他方で私たちは、栄養の観点だけで食べ物を選んでいるわけではなさそうです。ブタを食べ物と見なさない人びとがいるように、食には私たち人間の価値観が刻まれています。食を通じて、まず研究対象としている人間である自分自身や自分をとりまく環境を見直してみましょう。意外な発見があるかもしれません。こうしたことを、導入としてよく話しています。
◆Facebook: https://www.facebook.com/lengema.ariaal
◆主な業種
(1) 官庁、自治体、公的法人、国際機関等
(2) マスコミ(放送、新聞、出版、広告)
(3) コンサルタント・学術系研究所
◆主な職種
(1) 一般・営業事務
(2) コンテンツ制作・編集<クリエイティブ系>
(3) 事業推進・企画、経営企画
◆学んだことはどう生きる?
テレビ局で、番組制作や企画に関する仕事をしている卒業生がいます。フィールドワークで猟師さんたちについてどんな山奥にでも調査に行くバイタリティと、見聞きした内容を的確にまとめる能力が評価されたようです。ローカルニュースの取材で活躍していると聞いています。自分とは異なる価値観を持つ人々に対して、中立的な立場で接する人類学的なフィールドワークの訓練が役に立っているのかなと思います。
人文科学と社会科学の両方にまたがる幅広い専門知識やスキルを身につけることで、グローバル化する現代社会の課題解決に対応しうる実践的人材の育成を目標としています。国内外の様々な「現場」でのフィールドワークによる、実践的な学びに力を入れています。私が専門とする文化人類学は、グローバルな人間活動に関わる現象を、ローカルな現場で幅広く捉えるために有効な知識やスキルを提供しています。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? AI研究。自分が理解したいことを創りながら探求するのも面白いと思うから。 |
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Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? イタリア。食べ物が美味しいから! |
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Q3.一番聴いている音楽アーティストは? ザ・ブルーハーツ。特に、『終わらない歌』。 |
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Q4.研究以外で楽しいことは? 魚屋めぐりと料理。その日に揚がった魚に一番相応しい料理は何か、考えるのが楽しいです。 |
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Q5.会ってみたい有名人は? 緒方貞子さん。夢は叶いませんでしたが、去年は彼女の母校で難民関係のお仕事をさせてもらいました。 |