わたしを離さないで

カズオ・イシグロ

2017年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの作品です。映画化のみならず日本でも演劇になったり、テレビドラマになったりしたので、読んだ人も多いかもしれません。作品が出た当時、イシグロはこの作品をSFとして読んでほしくはないと言っていました。確かに彼の作品の中に流れる一つのモラルは人がどのようなものであれ、置かれた環境の下で、精いっぱい気高く生きようとするその品格(ディグニティ)です。

臓器提供のためにこの世に生まれてきたクローンたちもそれは同じで、彼・彼女たちは自分の宿命を静かに受け入れていきます。その姿は痛ましくもあり、また気高くもあるのだけれど、この物語は決して客観的に読める作品ではありません。創造性(クリエイティビティ)偏重の社会、聞こえの良い言葉の中に隠されていく・あるいは隠さなくてはならない真実(実際にこの物語の中でクローンという言葉は一度しか出てこないし、臓器提供者の死は「完成」という言葉で表現される)、心からの共感を伴わない底の浅い福祉政策や慈善活動など、現代社会への批判が満載です。

しかし、このある意味救いの無い世界の中で「語ること」は大きな意味を持ちます。イシグロ作品のもう一つのテーマは「記憶」です。自らの死を待つ語り手のキャシーにとって、自分と仲間たちの今までを振り返り、語ること、その記憶をとどめておくことは、それだけで自分たちが生きてきた大きな証となるのです。人間は創造性というものを押し付けられなくても、歌い、踊り、そして言葉を紡ぐものなのだ。たとえ明日、死ぬのだと言われても。そんな人間という存在を、言葉による表現で力強く訴える作品です。 (訳:土屋政雄/ハヤカワepi文庫)

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