第4回 エネルギー効率の限界を見極め、人間生活の快適さを守るための技術へ方向転換
エネルギー問題を解決する夢の燃料として、実用化の研究も始められたのですね。

「単結晶の酸化チタンは宝石の一種で非常に高価なので、もっと安くて誰でも使えるものでなければなりません。そこで、まずチタンの板の表面をバーナーであぶって表面に酸化被膜をつけたもので実験したところ、単結晶と同じ結果が得られることがわかりました。そこで、本郷の東大の屋上に表面をあぶったチタンの大きな板を敷き詰めて水素を採る実験を1年以上行いました。その結果、1平方メートルあたり1日7リットルの水素を採ることができました」
1975年に、この実験の結果を論文にまとめられたのを区切りとして、光触媒でエネルギーを得る研究から方向転換されることになりました。
「1日7リットルの水素を得ることはできましたが、エネルギー源としての実用化のためにはそれでは効率が悪すぎるのです。酸化チタンによる水の光分解は、紫外線でしかできません。紫外線は太陽光の約3%しか含まれていないので、どうしても限界があります。光触媒によってエネルギーを得る実験は、その後様々な物質や条件でいろいろ行われていますが、40年以上経った今でもこの時の結果を超えるものは出ていません。
そこで私たちは新たな機能に注目しました。それは、酸化チタンの水を分解してしまうほどの強い酸化力です。大量にエネルギーを得ることはできなくても、少量のものをピンポイントで酸化・分解することになら、絶大な効果があるのではないか、と」
それが、環境浄化という光触媒のもう一つの側面を拓いたことになるのですね。

「1989年に、分子科学研究所で光触媒の研究をしていた橋本和仁先生(現 物質材料研究機構理事長)を私の研究室に講師として迎え、光触媒の実用化に向けて様々なアイデアを考えました。その最初の成果となったのが、TOTOとの共同研究で開発したトイレの脱臭機能です。蛍光灯の光に含まれる紫外線でも、脱臭には十分な酸化作用が得られました。ここで製品化した光触媒タイルを病院の手術室の床や壁に使ったところ、大腸菌がほぼ死滅し、光触媒の殺菌作用が実証されました。
さらに研究を続けるうちに、酸化チタンのもう一つの重要な性質を発見しました。
酸化チタンでコーティングしたガラスに光を当てると、表面に水がついても水滴にならず全体に広がっていくという「超親水性」の効果です。これによって、湿気などで曇らないガラスができ、車のサイドミラーやカーブミラーなどにも利用されるようになりました。
また、この効果を利用したコーティング材は、光を当てることで汚れが水でより流れ落ちやすくなるので、セルフクリーニングの外装建材としても使われるようになりました。これは、現在東京駅八重洲口の商業エリア「グランルーフ」の長さ約230メートルの大屋根や、サッカーワールドカップのブラジル大会の競技場の屋根などにも使われています。汚れが落ちやすいだけでなく、光を吸収しないので内部は涼しく、さらに屋内が明るいという利点もあります」

藤嶋先生「新しい発想を得るためには、常にそのことを考えている、あるいは何か面白いことはないか、新しいことはできないかと考え続けることが大事です。本を読む時も、そういう姿勢につながるものを見つけてください」
かもめのジョナサン〔完訳版〕
リチャード・バック 五木寛之:訳(新潮文庫刊)
藤嶋先生:一羽のかもめが群れから離れ、いかに速く飛ぶか、いかに上を目指せるか、という極意をつかもうとします。そういう向上心、よりよくしようとする気持ちの大切さを教えてくれる本です。五木寛之さんの訳もすばらしいですね。
ファーブル昆虫記
ジャン=アンリ・ファーブル 奥本大三郎:訳(集英社)
藤嶋先生:新しい発想を得るためには、身の回りのものに目を向けることが必要です。昆虫記は、身の回りの小さな昆虫たちを観察し続けることから生まれる発見や、そのための努力や忍耐といったものも教えてくれる、すごい本だと思います。不思議だと思うことによって、どんなものからも発見ができ、応用できることを教えてくれます。
素数ゼミの謎
吉村仁(文藝春秋)
藤嶋先生:アメリカのある町に、ある年に限ってセミが大発生する。その周期が11年とか17年とか、素数に限られている、というのですね。このしくみを、氷河期以来のセミの生き残り戦略と、素数の性質とを絡めて解き明かした本です。この本に刺激されて、セミに関する本をいろいろ読んでみたのですが、実に面白い。例えば、幼虫時代7年間土の中で過ごしますが、7年後の夏をどうやって知ると思いますか。この本には書いてありませんが、幼虫が餌にしている樹液の温度を感知しているのではないかと思うのですよ。これについて本を書いてみたいと思っているところです。