第5回 全ての人が天寿を全うできる社会を目指すのが研究者の役割
最初に基礎研究としてのホンダ・フジシマ効果が注目され、次にエネルギー源としての光触媒が期待されましたが、効率がよくないということで防汚や殺菌という方向に大転換されたわけですよね。よく「結果が出なくても諦めずに取り組み続けることが大事だ」と言われます。うまくいかないことに対して、粘り強くやり続けることも方向転換することも、どちらも決断が必要だと思いすが、先生はどのように考えて決断をされてきたのですか。

「ある程度こだわることは大事だと思います。でも、こだわるけれど自分なりに限界までやったと思った時には、次のことを考えるべきだと思っています。私の場合、酸化チタンという材料そのものが面白かったので、エネルギーをたくさん取り出すことにこだわるよりも、汚れを落とすとか殺菌するとか、身近な困りごとの解決に使えるなら、そっちをやってみよう、という感じだったのですね。
エネルギー源としての可能性も、全く放棄してしまったわけではありません。光触媒の材料として、酸化亜鉛、酸化モリブデン、酸化タングステン、硫化カドミウム…とありとあらゆるものの性質を試してみました。そしてわかったのが、それぞれいろいろな特徴はありますが、その中で長所がたくさんあるのが酸化チタンだった、ということだったのですね。ですから、私は酸化チタンでとことんいろいろなことをやってみよう、と」
そして、今はダイヤモンドの工業利用の研究にも取り組んでいらっしゃいます。
「酸化チタンの単結晶も宝石の一種ですが、これの親分と言うべきものがダイヤモンドです。ダイヤモンドも20年近く研究しています。ダイヤモンドは鉱物の中でいちばん硬いものですが、面白い特性がいろいろあります。例えば、ダイヤモンド自体は絶縁体ですが、ホウ素をドーピング(doping ※3)すると、電気を通すようになります。これを電気分解の電極にして電圧をかけると、プラス極側からは酸素の代わりにオゾンが発生します。つまり、殺菌水が簡単にできてしまうのです。これはすでに装置を実用化しています。一方、マイナス極側は普通は水素が出るのが、水素は出にくい。そこに二酸化炭素を吹き込んでやると、二酸化炭素が還元されてしまうのですね。そこでこの現象を使って炭酸ガスを燃料化できないか、と考えています。
工業材料としてダイヤモンドを使うためには、大きな結晶を早く安価に作る必要がありますから、その作成法にも取り組んでいますよ」
※3 ドーピング:結晶の物性を変化させるために少量の不純物を添加すること。
光触媒の市場はすでに国内だけで1000億円規模ですが、これからさらにどんな分野に応用できそうでしょうか。
「すでに30年近く、医学部の先生方と共同でがん治療の研究をしています。酸化チタンの粉をがんの患部に吹き付けて光を照射してがん細胞を死滅させるというものです。医療機器はなかなか実用化までは難しいですが、さらに研究を進めていきたいと思っています。また、植物の水耕栽培に使う養液をリサイクルして使う「植物工場」の研究も進んでいます。
新幹線の禁煙車に設置された空気清浄器は光触媒を使っていますが、つい先日、家庭用の除菌消臭器も発売されました。本体内のLEDライトで紫外線域の光を発生させ、本体に吸引した菌やウイルス、悪臭の原因物質などを酸化チタンのメッシュフィルタで分解するものです。

こちらを見てください。これは、太陽光を光の届かないところまで届ける「光道管」です。これを使えば海底に太陽光を届かせることもできますし、また小型化すれば胃カメラのように体内で使うことも可能ですよね。
また、下の写真は、光触媒を表面に塗布した傘です。紫外線に当たるとあっという間に色が変わるので、紫外線の照射量が実感できますし、光を吸収しないので涼しいですよ。


2013年4月に東京理科大学の野田キャンパスにオープンした「光触媒国際研究センター」で、国内外の研究者や学生が交流して、幅広い研究や開発を行っています。この傘も、理科大の卒業生の人に作ってもらって、理科大の学生が販売戦略を考えるための素材にしようと思っています」
最後に、先生がこれまで50年間常に化学の最前線を走り続け、新しいものを生み出して来られた原動力は何だったのか、教えてください。

「やはり、研究者という職業が最高にすばらしいものだったから、ということに尽きると思います。いい研究をしていい論文を書けば、人類が続く限り、世界中のどこへ行っても自分がやったこと、生きてきた証と言うべきものが残すことができます。研究者になろうか迷っている学生にもこの話をして、『だから研究はしっかりやれよ』とハッパをかけています。
研究を何のためにするかと言えば、私は『全ての人が天寿を全うするために』ということであると思います。そのためには、エネルギーが十分あり、環境がきれいであって皆が健康でいきいきと生活できる。全ての研究はそれに寄与するためになされるべきです。子どもの頃から大好きだった実験を通して、自分が発見したことを役立てることができる。こんなにすばらしいことはありません。だからこそ、私は研究者であり続けたいと思うのです」
おわり

藤嶋先生「理科離れと言われますが、科学は学べば学ぶほど本当に面白い。その面白さを伝えるのも研究者の役割だと思います。私は大学生の時から、小学校に理科の出前授業に行っていました。かこさとし先生との交流や、子ども向けの科学の本の出版もその流れです」
がん遺伝子の発見
黒木登志夫(中央公論新社)
がん細胞の誕生
黒木登志夫(朝日新聞社)
藤嶋先生:私が光触媒でがん治療に取り組むきっかけになった本です。現在の全てのがん研究は、ジョン・ホプキンス大学で子宮がんでなくなったエメリッタさんという当時35才の女性が遺してくれたがん細胞(Hela細胞)を使って行われています。『がん細胞の誕生』には、このエメリッタさんの写真も載っていて、胸が詰まりました。著者の黒木先生は私の友人です。
ダイヤモンド電極
栄長泰明(共立出版)
ホウ素をドープした導電性のダイヤモンドは,電極として利用するとすぐれた電気化学特性を示し,次世代のレアメタルフリーの新電極材料として期待されています。様々な可能性を持つダイヤモンド電極の基礎から応用まで、わかりやすく紹介。
科学も感動から─光触媒を例にして─
藤嶋昭(東京書籍)
「理科離れ」が叫ばれる中、科学技術の将来の担い手である中学生や高校生に向かって、藤嶋先生が身の回りのものから科学の面白さを感じるためのきっかけを語ります。
なぜ?どうして?世の中のふしぎ
藤嶋昭:監修(ナツメ社)
「どうしてクルマは左側通行なの?」「『子どもを学校に通わせないと罰金』ってホント?」小学生くらいの子どもが持つ素朴な疑問。でも大人でもなかなか答えられないものも多々あります。「生活のふしぎ」「生き物のふしぎ」「社会のふしぎ」「乗り物・建物のふしぎ」「スポーツのふしぎ」「世界のふしぎ」の6つのカテゴリーで身近な「ふしぎ」に答えます。