応用物性

磁性粒子を内包したカーボンナノチューブでメモリの大容量化


古門聡士先生

静岡大学 工学部 電子物質科学科 電子物理デバイスコース(総合科学技術研究科 工学専攻)

どんなことを研究していますか?

応用物性分野は、(1)物質の新しい性質を発見し、その性質から新しい物理法則を見つける、(2)物理法則をもとに、情報・医療・環境など様々な分野で我々の生活が豊かになるような新しい材料、素子を開発する分野です。(1)では、金属、半導体、絶縁体、磁性体、誘電体、超伝導体などの物質、およびそれらを組み合わせた材料に対して、新しい特性・法則を見つけ出します。(2)では、(1)で見つけた特性・法則をもとに、メモリの大容量化、センサーの高感度化、スマートフォンの動作の高速化、ガン治療(温熱療法)、宇宙エレベーター、環境発電など、様々な技術に貢献する材料、素子を開発します。

私はこれまで、電子の電荷とスピン(自転)の両方の性質を積極的に利用して、新しい機能を持つ素子を開発するスピントロニクスという分野で研究を行ってきました。例えば、ハードディスク装置の読み取りヘッド(磁場センサー)、不揮発性磁気メモリ(MRAM)が代表的な素子です。私の研究室では、物性物理学の理論的手法を用いて、いくつかの素子を提案してきました。その1つが磁性粒子を内包したカーボンナノチューブであり、この系が多値磁性メモリになることを示しました。多値メモリとは、1つの記憶領域に複数ビットの情報を記憶できるメモリで、多値化することでメモリの大容量化につながります。

ナノスケールの工場で作業する分子マシン、分子ロボットをつくる

最近は、電子の電荷とスピンだけでなく、他の自由度「分子運動」も使った新しい機能を持つ分子を理論面から提案したいと考えています。高エネルギー状態にあるスピンが低エネルギー状態へ落ち着く際に放出されるエネルギーを、スピンの向きによって分子振動または分子回転へ変換する機構を現在考えています。この変換が実現すると、自由自在に動かすことができる分子マシン、分子ロボットの完成が期待されます。将来、このようなマシンやロボットが、ナノスケールの工場で分子の合成・診断・修復などの作業をしているかもしれません。

2019年8月撮影。スペイン・バルセロナでの応用物性の国際会議での招待講演。
2019年8月撮影。スペイン・バルセロナでの応用物性の国際会議での招待講演。
2017年1月撮影。中国・桂林の桂林電子科技大学でのセミナー講演。
2017年1月撮影。中国・桂林の桂林電子科技大学でのセミナー講演。
この分野はどこで学べる?
学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

●主な業種は→エレクトロニクス、自動車、輸送用機器などのメーカー

●主な職種は→研究開発職、技術職

分野はどう活かされる?

自動車に使用されている電子デバイスや電子材料などの開発

先生の学部・学科はどんなとこ

応用物理学科や本学の電子物質科学科は「物理現象の本質を捉え、その本質を利用して、我々の生活が豊かになるような新しいモノ(物質や新デバイスなど)を作る学科」です。新しい物理法則を見つけたい人、その法則をもとに新しいモノを産み出したい人には良い学科と思います。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
先生からひとこと

研究は教科書に載っていない新しいモノを産み出すことであり、真っ暗闇の中を手探りで進む感じです。そのため失敗の連続です。失敗を乗り越えた先に新しい発見・展開がある時があります。失敗を恐れずチャンレンジしましょう!

先生の研究に挑戦しよう!

回っているコマの軸の運動を観察すると、コマの軸の上端は水平円運動(首振り運動)を行います。この運動を歳差運動といいます。回転が速い場合と遅い場合で軸の円運動の周期がどのように変わるかなどを観察してみましょう。なお、この歳差運動ですが、磁場がかかった時のスピン(電子スピン、核スピン)も同じ運動をします。

例えば、病院にあるMRI(磁気共鳴画像)装置では体内のプロトン(H+)の核スピンの歳差運動を利用して臓器等を撮影しています。具体的に言うと、まず歳差運動をしている核スピンにラジオ波を照射し、核スピンを高いエネルギー状態にします。次にラジオ波の照射を止め、高いエネルギー状態のスピンがもとの状態に戻るときの緩和時間を測定します。この緩和時間はガン組織と正常組織で異なります。

興味がわいたら~先生おすすめ本

新しい物性物理 物質の起源からナノ・極限物性まで

伊達宗行(講談社ブルーバックス)

物性物理学の基礎から最先端のナノ科学まで幅広く書かれており、応用物性を含めた応用物理学がどのような分野かを知るのに良い。特にこの本は、原子の構造、電子軌道など、高校物理・化学で学ぶ範囲から、物性物理学の中心的なテーマである電気伝導(超伝導、半導体)、磁性、ナノマテリアル、極限物性の分野までをカバーしている。また物性物理各分野の最先端の研究成果についても簡潔に説明されている。


人に話したくなる物理 身近な10話

江馬一弘、17025研究会:編(丸善)

冷蔵庫、電子レンジ、台風の雲の流れ、コマの運動、走っている自転車など身近にある様々な機器や物理現象を対話形式で解説。図も多く大変わかりやすい。高校物理ではあまり触れられていない内容が多いが、応用物理学の考え方を学ぶのに良い。光物性研究の第一人者が執筆。


金属材料の最前線 近未来を拓くキー・テクノロジー

東北大学金属材料研究所:編著(講談社ブルーバックス)

材料学の基礎から始まり、巨大構造物、太陽電池、燃料電池、スピントロニクス、空気清浄機、有機ELテレビなどで使われている材料の物性について詳しく説明されている。世界をリードする東北大学金属材料研究所のスタッフが執筆。


すごい! 磁石

宝野和博、本丸諒(日本実業出版社)

エアコン、ハードディスク、自動車など多方面にわたって使われている磁石について、歴史、基本、作り方、利用に加えて、世界最強の永久磁石「ネオジム磁石」づくり、実験室見学まで対話形式で簡潔に記されている。磁性材料研究の第一人者・宝野和博先生がサイエンスライターとともに執筆。