第1回 カラーフィルムの材料を探す基礎研究から生まれた大発見!
1967年2月。東京大学工学部の研究室で、一人の大学院生が水の中に様々なものを電極として入れて光を当てたらどうなるか、という実験に取り組んでいました。当時研究室では、写真のためのより高感度の感光材料を探るために、いろいろな物質の性質を試していました。ハロゲン化銀、塩化銀…と、条件を整えながらひたすら実験をしてデータを取り、また次の材料を試し…という地道な作業の日々が続いていました。
ある日、彼が手にした材料が酸化チタンでした。隣の研究室で、当時開発中だったコピー機の研究をしていた先輩に紹介されて、わざわざ神戸の製造元の社長に手紙を書き、手に入れた酸化チタンの単結晶と白金を電極にして、強いキセノン光を当てると、酸化チタンの電極からは酸素が、白金電極からは水素がどんどん発生したのです。「すごい! 植物の光合成と同じことが起きている!!」。感動のあまり夜も眠れなかったというこの大学院生が、藤嶋昭先生。当時の化学の常識を覆したこの発見は、のちに「ホンダ・フジシマ効果」(※1)と名付けられ、地球環境を支える夢の技術である光触媒研究の扉を開きました。
※1 Honda-Fujishima effect:同じ研究室の助教授で藤嶋先生を指導されていた本多健一先生(東京大学名誉教授)と藤嶋先生の名前を取ってこの名前が付けられた。
ホンダ・フジシマ効果はどこがスゴイのか
水から酸素や水素を作ること自体は、電気分解を行えば簡単にできます。ただし、そのためには電圧をかけること=電気のエネルギーが必要です。実は、酸化チタンより前に、酸化亜鉛を電極として光を当てると電気が生じること(光ベクレル効果)は知られていました。しかしこの場合、酸化亜鉛は電解液に溶けてしまっていました。
ところが、ホンダ・フジシマ効果は、電圧をかけなくても、光を当てることによって電気とともに酸素と水素を得ることができ、しかも触媒となる酸化チタンそのものも全く変化しないのです。酸化チタンが非常に優れた「光触媒」であることを示すことでした。
当時の化学の常識では、光はエネルギーとは見られていませんでした。そのため、この現象を学会で発表した当初は、学界の長老の先生方にも全く信用してもらえず、「電気化学を勉強し直して来なさい」という厳しい反論の嵐にさらされたと言います。しかし、世界的な科学雑誌『Nature』に掲載され、むしろ日本国外で注目を集めた後、新エネルギー開発の切り札として脚光を浴びることになりました。さらに1980年代後半からは、酸化チタンの水を分解できるほどの強い酸化作用を応用して、防汚や消臭、殺菌といった環境分野でも注目を集め続けています。今や「光触媒」は中学・高校の理科の教科書にも掲載されるほどポピュラーなものとなりました。
2012年、藤嶋先生は過去20年以上にわたる学術論文の被引用件数に基づいて、各分野の上位0.1%にランクインする研究者に贈られる「トムソン・ロイター引用栄誉章」を受賞。ノーベル賞に最も近い科学者の一人と言われています。
最初の発見をした大学院1年生の時以来50年。光触媒の理論的な研究と実用化の両面で、常にトップを走り続ける藤嶋先生の原動力は何なのか。そして読書家としても知られる藤嶋先生から、高校生の皆さんへのおススメの本をうかがいました。
光触媒が未来をつくる―環境・エネルギーをクリーンに
藤嶋昭(岩波ジュニア新書)
地球に届く太陽エネルギーを利用して、空気清浄にはじまり、防汚・防曇、水の浄化、抗菌・殺菌など、私たちの暮らしのあらゆる場面で活躍する最新技術、光触媒。その発見から、しくみ、応用技術までを、藤嶋先生自身がわかりやすく解説します。
絵でみる 光触媒ビジネスのしくみ
藤嶋昭、村上武利:監修・著/西本俊介、中田一弥、野村知生:著(日本能率協会マネジメントセンター)
太陽などの光が当たるだけで周りの空気を浄化する、魔法の物質、光触媒。その発見から40年、今、ますます注目の集まる光触媒はどんな産業やビジネスへ展開しているのか解説します。