ナノ材料化学

生命・自然界が創りあげる模様・組織・機能の神秘を分子の世界で探る


並河英紀先生

山形大学 理学部 理学科 

どんなことを研究していますか?

シマウマのゼブラ模様はどうやって形成されたのか。確かなことは、外部からの命令や操作がなくても、自らその模様を形成している現象であるということです。それは自己組織化と呼ばれています。心臓の鼓動なども、時間に対して規則的に動いているということから「時間的な模様」を自ら作り出す自己組織化の結果と見ることもできます。

自然界は多くの自己組織的な模様と、その模様から生み出される多彩な機能性とを備えており、その起源を探究することは、自然界の成り立ちの精巧さを言葉に置き換えて理解することにつながります。1ミリの百万分の1といったきわめて小さなサイズを扱うナノ材料化学の世界では、生体機能を模倣した新しいナノ材料を作る研究が盛んになってきています。

生体内・自然界の物質やエネルギーの流れをデバイスで再現し、分子間の自己組織化を明らかに

私たちは、生体内・自然界の環境を模倣した実験システムを作っています。特に重要なのは、生体内も自然界も、物質やエネルギーが絶えず流れているということです。このような特徴を持った実験システムで見出された化学的反応を、自然界の様々な現象を理解するためのモデルとして提案します。

例えば世界に先駆けて、ある特殊な数学的法則をもった自己組織化構造ができる原理を提案してきました。その自己組織化構造は、化学の世界に限らず生命や宇宙にも見られる構造です。つまり、化学の実験を通して、生命や宇宙で繰り広げられる自己組織化を統一的に説明することができるようになるのです。

また、生体内は血液、リンパ液、脊髄液など様々な体液で満たされていて、それらは常に流動を続け、生体内での物質輸送などを担っています。私たちは、このような生体内の流動性の重要性に着目し、生体環境を再現したマイクロ流路デバイスを用いた実験を行い、生体内流動と分子間での自己組織化の関係を明らかにしてきました。

シャーレで作る自己組織的な模様と、試験管で作る自己組織的な模様の一例です。どちらも、数学的な法則に従って、分子たちが自ら模様を描いているのです。そして、これらの模様ができる機構を解き明かすことこそが、生命や宇宙などで同様の模様ができる法則を解き明かすことにつながっていきます。
シャーレで作る自己組織的な模様と、試験管で作る自己組織的な模様の一例です。どちらも、数学的な法則に従って、分子たちが自ら模様を描いているのです。そして、これらの模様ができる機構を解き明かすことこそが、生命や宇宙などで同様の模様ができる法則を解き明かすことにつながっていきます。
この分野はどこで学べる?
学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

●主な業種は→製造業、公務員、金融業

●主な職種は→研究開発、技術営業、品質管理

●業務の特徴は→分野の研究を通じて得た知識や実験装置に対するスキルを活かした業務

分野はどう活かされる?

研究室が化学分野だけではなく生命・数理・物理分野などにも関係するので、それぞれの専門分野を通じて得た知識を活かして多様な業種に就職しています。

先生の学部・学科はどんなとこ

山形大学理学部では、化学・物理・生物・地球科学・数理科学・データサイエンスに関する専門科目を学ぶことができますが、これらの中のどの分野を自分の専門とするかは入学後に自由に決めることができます。なぜなら、高校時代に思いえがく〇〇学(例えば化学とか生物学)と、大学で学問として扱う〇〇学にはギャップがあるため、入学後に各分野の学問に触れ、しっかりと自分の興味と適性を見つめた上で専門分野を決めてもらいたいからです。

また、入学後には、座学を通じて専門知識の蓄積を行うだけではなく、1年生から研究活動へ参加できる探究力養成プログラムや、留学生との交流を通じた国際力養成プログラムなどもあり、一人一人の「やりたい!」という思いを伸ばすためのプログラムも色々と準備されています。講義や演習を通じた専門分野の知識とスキルを身につけながら、社会を生きていくための実践力も修得できる環境が整っています。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
先生からひとこと

日常生活でふとした時に感じる「あれ、これってなんでだろう?」といいう素朴な疑問・好奇心を大事にしてください。私も、生命や自然界の中で繰り広げられている現象の中の「あれ?」という素朴な疑問に対して、研究室のメンバーと一緒に全力で取り組んでいます。

なぜなら、「あれ?」と思えること自体が、世界中の誰も思いつかなかった研究につながることがあるからです。実際に、私の研究室の素朴な疑問から始めた研究が、100年以上も謎とされていた現象を解明するなど真理の探究につながっています。最近は役に立つ応用型研究に注目が集まり、一見すると役に立たない基礎研究が肩身の狭い思いをすることあります。

でも、これからも「自然科学への好奇心」を燃料として研究活動を進めていきたいと思っています。皆さんも、日常生活で感じる「あれ?」という好奇心を忘れずに、理学的な研究に触れてみて下さい。

先生の研究に挑戦しよう!

・お味噌汁をお椀についだら、しばらく机の上においてみましょう。そうすると、自然に模様が浮かび上がることがあります。それを見て、「なぜ?」を考えてみましょう。また、その模様と同じ模様が、私たちのはるか上空にある「雲」に現れることがあります。どんな雲か、探してみましょう。うまく見つけられたら、お椀の中の自己組織化と大気の中の自己組織化がまったく同じ原理で動いていることが実感できると思います。

・化学的な実験ができるなら、ベロウソフ・ジャボチンスキー反応(BZ反応)が面白いです。シャーレの中でカラフルな模様が動く様子が見られると思います。また、リーゼガング反応を使って動かない縞模様を試験管で作る実験でも、いろいろなしま模様が試験管の中に浮かび上がって楽しいです。リーゼガング反応の方が、実験のハードルは少し低いかなと思います。

興味がわいたら~先生おすすめ本

波紋と螺旋とフィボナッチ 数理の眼鏡でみえてくる生命の形の神秘

近藤滋(学研メディカル秀潤社)

シマウマのしま模様ってどんな原理で作られているのでしょう?これだって、立派な「なぜ?」です。そして、この様な「なぜ?」の背景にも必ず理由があり、その理由を探して世界中の研究者たちが大真面目に研究をしているのです。

この本は、シマウマのしま模様のようなパターンがなぜできるのかを大真面目に研究している先生による、大変分かりやすい解説本です。この分野に必要不可欠な数式はできるだけ使わず、文章とイラストで直感的に理解できるように工夫されています。


キリンの斑論争と寺田寅彦

松下貢(岩波科学ライブラリー)

今から90年近く前、科学者たちの「なぜ?」が発端で大きな論争が巻き起こりました。その「なぜ?」は「キリンのまだら模様はどの様にして作られるのだろう?」というものでした。小さな子供が動物園でキリンを見た時に思うような感想ですが、これだって立派な学問です。学問だからこそ、研究者によって異なった意見が出てくることもあるのです。それが1933年に巻き起こったキリンの斑論争です。少し専門的な内容に踏み込んだ記述が多いので難しく感じると思いますが、日常的な「なぜ?」が学者たちの大真面目な議論に発展する様子を感じてもらえると良いかなと思います。