第5回 先生の研究と研究室 一問一答
◆先生の具体的な研究内容と、研究として発展させようとしている方向性を教えてください。
(これまでの研究内容)
明治時代の正岡子規や昭和時代の山口誓子など、彼らの俳句作品がいかに「俳句」として成立したかを研究。
(これからの研究の方向性)
戦前日本人が海外で残した俳句の研究を行っています。かつて韓国や中国、台湾、アメリカ西海岸、ハワイ、ブラジル、ドイツ、ポーランド、フランス、イギリス等には多くの日本人が住み、現地発行の雑誌や新聞で日本語俳句を読んだり、現地の人々と英語その他で俳句等の交流がされたりしていましたが、ほぼ研究されていません。それら海外俳句の研究を通じて「日本(Japan)」とは何だったのかを探ることで、海外の目線から日本文化の特徴や魅力を捉え直す成果が見込まれます。
また、現在もアメリカやドイツ等では「Haiku」が盛んであり、英語やドイツ語での創作が活発です。彼らが「Haiku」のどの点に魅力を感じるのかを研究することで、やはり「Japan」の魅力を明らかにしうる成果が見込まれます。
◆先生が指導されている学生の研究テーマ・卒論テーマ、大学院生の研究テーマを教えてください。
・芥川龍之介の『秋』などの中期小説の特徴と分析
・昭和初期のモダン女性のファッションが小説にいかに表現されたか
・尾崎放哉の自由律俳句の特徴と、彼の人生との影響関係について
・『エヴァンゲリオン』のアニメ版、マンガ版の共通点と差異について
・中島敦『山月記』における李徴の自意識のあり方と語り手の特徴について
など
◆先生のゼミや研究室の卒業生は、どんな就職先で、どんな仕事をされていますか。
小学校、中学、高校の国語教員や大学院進学、一般企業への就職(総務、営業等々)、公務員など。
※卒業生からの声
・小学、中学、高校の国語教員からは
「作品を『読む』ことの可能性や魅力、また自覚などについて、国語の授業で活かすことができます。また、生徒らとの関わりの中で、いかに『言葉』が曖昧で、また言外に意味を伴ったものであるかについて意識的になったおかげで、他者とのコミュニケーションにも意識的になれました。」
・一般企業の営業職からは
「卒論では好きな文学作品とじっくり向き合った結果、最初はこうだと感じていた作品が調べるほど全くそうでなかったり、時代の状況や文学の流れを踏まえた上で作品が成立していたことに気づき、作品を『読む』ことの深さや、自分の『読み』の偏りそのものを実感できました。就職先と文学とは関係ありませんが、自分自身の生活や会社での対人関係や、所属する組織等についても、自分の『読み』は偏っているかもしれない、自分がこうと理解したことと違う可能性があるかもしれないし、自分以外の人々は全く違う見方をしているかもしれない…といったことに敏感になった気がします。卒論内容と就職先は一見無関係ですが、仕事をしてから振り返ると、『物の見方』そのものに慎重になったのは卒論がきっかけだったと感じます。」
◆研究室やゼミ、および授業(講義)では、どのような指導、内容の講義をされていますか。また、どのような学生が、先生の分野の研究には向いていますか。
教育学部の授業では国語教員志望の学生が多い一方で、近代文学や諸芸術にあまり関心のない学生も少なくないため、近代文学のエッセンスをわかりやすく教えるようにしています。アニメやマンガなども適宜参照しながら、文学作品を「読む」ことについて浅く広く触れる内容です。逆に、ゼミ等では、先行研究や資料をかなり調べてもらい、その作品についてとことん深く掘り下げるように指導しています。
学生については、大学に入った時点では知識の量はあまり関係ありません。とにかく、いろいろなことに好奇心があるかどうかが一番のポイント。自分の知らないことに出会った時、「こういうものがあるのか」「こんな考え方があったのか」と新鮮に感じられたり、また自分の興味のあるものにキラキラした好奇心を持って、自分なりでいいので調べたり、いろいろ考えたりするのが面白いと感じられる学生は研究者に向いていると思います。
◆先生は研究テーマをどのように見つけたのかを教えてください。
俳句研究は最初から見つけたわけでなく、今から振り返ると自分なりに試行錯誤して至ったテーマだったと思います。「自分なりに」というのは、「自分が向いているのはどんな研究対象や方法なのか」という意味。文学研究には国語のテストのように一つの回答があるわけでなく、様々なやり方があり、また研究とはいえ方法や作品の流行、また注目の高低なども大いにあります。それらの中から、自分の向いている研究方法を探し当てたり、「自分なら(でも)扱える」という作品に出会えるのは、漫然と本を読んだりするだけでは難しい。「自分に出来ることは何だろう」と考えながら試行錯誤すること。そして何より、自分の特性を活かせる作品や研究方法に出会えるのは、「運」が大きいと思います。ただ、幸運を引き寄せるのはやはり努力が必要。自分なりに考えたり、悩んだりしながらテーマを探り当てようとしない限り、幸運の女神は微笑まない気がします。
◆この分野に関心を持った高校生が、どうしたらいいか、具体的なアドバイスをいただけますか。
もし高校生の時点で文学研究に関心を持ったら、高校生の時にはとにかく様々なジャンルの本を乱読すること。自分の好奇心の赴くままでよい。近代文豪の小説、ライトノベル、歴史小説、ミステリーや推理小説、古典詩歌、小林秀雄といった文学評論、思想書、グルメや旅のエッセイ、戦国時代や幕末の歴史書、加えて海外の翻訳小説や芸術論、哲学書、そして余裕があればそれらを読み解いた文学研究書や理論書……。人生で最も時間があるのは学生時代。就職したり、結婚して家庭ができたりすれば、例え数時間でも読書のためにまとまった時間を作るのは「贅沢」になる可能性が高いのです。また、スマホとパソコンがこれだけ浸透した現在、「スマホを置いて、本のページをめくって数時間過ごす」アナログな習慣を苦に思わないなら、今やそれだけで研究者の資格があります。
◆高校時代は、どのように学んでいたか、何に熱中していたかを教えてください。
勉強は日本史が好きだったぐらいで、後の時間は海外ロックやポップスを聴く、バンドをやる、小説や詩、哲学書を読む、(当時)お付き合いしていた女性とデートする、一晩中友達と遊ぶことに熱中していました。今から振り返ると、かなりマニアックでしたね。週末はレッド・ツェッペリンを聞きながらエミール・ゾラのシブい自然主義小説を読みふけったり、小津安二郎の映画を観た後に李白や蘇軾の漢詩を読んで独り感動していたりとか。他に印象的なのは、夜明け前に友達と山に登って朝焼けを観たり、お付き合いしていた女性と散歩したり、海を見に行ったりした時の風景。今も色鮮やかに思い出されます。
<おわり>
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<前回を読む>
第4回 近代俳句研究はレア。愛媛大は俳句研究には格好の場
ゼロ年代の論点
円堂都司昭(SB新書)
1990年代に大ヒットしたアニメ「エヴァンゲリオン」に端を発した「セカイ系」が、2000年代以降のサブカルチャーに及ぼした影響力を読み解く。
アニメやゲームといった、一見「研究」から遠いと思われるサブカルチャーを分析した好著。自分の感想や解釈を優先させずに、アニメ史や時代の風潮、作品の影響関係などを、できるだけ実際の資料や発言、過去の作品等に接しながら客観的に「研究」しようとした点が知的で、面白い。
1990-2000年代アニメやゲームなどの限られたジャンルの流れや知識を知ることができるが、それより重要なのは、例えサブカルチャーといえども歴史の文脈や経緯があり、一朝一夕に出来たものではないということ、そして普段は何気なく観ていたり、「面白い/面白くない」「合う/合わない」と個人的な趣味で判断したりしていたジャンルの作品でも、制作者や作品にはかなりの細かい意味や可能性、魅力などがあり、それは(自分自身が)面白いかどうかとは違う価値観で成り立っていた歴史があり、作品があることを知的に感じ取ることができる。これは自分自身や近しい人々についても同様で、私の研究する文学研究についても同じことがいえる。そういうことを、アニメという具体的なジャンルで考察したこの本を手がかりに、想像することができる。
ろくでなしの歌
福田和也(KADOKAWA メディアファクトリー)
ドストエフスキー、川端康成、バルザック、三島由紀夫といった世界の文豪の生き方や作品を通じて、学校ではまず教わらない「文学」の危ない魅力を玄人が読み解く。
夏のおわりのト短調
大島弓子(白泉社)
少女マンガの傑作。思春期の淡い恋愛を描きつつ、他人のわからなさや人生の不条理を垣間見せる。少年ジャンプ系と違う、純文学のようなマンガの世界を味わいたい人にオススメ。
近代能楽集
三島由紀夫(新潮文庫刊)
古典能を現代演劇にリメイクした戦後小説。普通の小説と異なり、演劇の脚本のように書かれている。三島の天才ぶりが発揮された近現代最高峰の脚本小説で、本物の「文学」を知りたい人にオススメ。
日本の詩歌 30巻 俳句集
(中公文庫)
近代~戦後期までの代表俳人の作品を収めた好アンソロジー集。絶版だが、アマゾンや古書店で200円ほどで売られている。
魔法少女まどか☆マギカ(アニメ版)
新房昭之監督・シャフト制作
2000年以降のアニメ界が達成した傑作。バランスのとれたエンターテイメントでありながら、「正義・友情・努力」と真反対の人生の厄介さや難しさを根本に据えた物語で、生きることの複雑さを知りたい人にオススメ。