国立歴史民俗博物館の人文学者が、歴史学研究のデジタル化を行いました。ターゲットは正倉院文書。1万枚のバラバラのデータを、バーチャルで切り貼りする。ジグソーパズルのような作業を経て、見えてきたものは何だったか?人類の知的資源の保存、研究、発信の方法を大きく変える試みです。
歴史学者が情報処理の方法を持ち込んで新しい歴史学を作る~正倉院文書のナゾに迫る
歴史学と情報というちょっと異色な話をします。私は、人文科学の研究者、それも歴史博物館の研究者です。そんな研究者が情報学の世界で何をしているのかというと、歴史研究のデジタル化を行っています。今回は特に複雑な経緯を持つ正倉院文書を例に話しましょう。
正倉院文書とは、奈良県の東大寺正倉院に保管されてきた文書群です。そのうちの1つ、この文書は奈良時代のある下級官僚の作業報告書です。
その左には、私の伯父が重病になったから、介護のために4日間お休みをくださいというふうに書いてあります。このように奈良時代の現状が非常によく現れた古文書なんです。
ただ、奈良時代の人は文書を使い終わると、バラバラにします。紙が貴重でしたからね。例えば奈良時代の戸籍なんていうのが正倉院文書の中にあるのですが、裏に全然違うことが書かれていたり、横に全然別の記事が切り貼りされたりしている。
幕末にこの正倉院文書を復原しようとした人がいましたが、間違った復原をしてしまいました。
文書の数は1万枚以上あります。現在でも、手作業の復原はとうてい無理なんです。また正倉院文書は天皇陛下の持ち物であり、勝手に切り貼りできません。しかしバラバラのままだと、まとまった一つの研究はできません。
そこでこれをコンピュータで何とかできないかと考えたわけです。そしてこの1万枚の紙のデジタル化作業に着手しました。
その復原のルールを私がモデル化し、復原情報を何とかコンピュータの世界に投影するという仕事をやりました。その結果、バーチャルで切り貼りできるようになりました。実際につなげてみると、案外すべてがつながっているわけじゃないということがわかりました。これまでの研究で「すべて解明されればつながるだろう」と想定されていたこととは少し違う結果です。デジタル化作業によって、1万枚の紙は、全部が復原できないという意外な事実もわかったのです。
このようにデータベースを作って情報技術と歴史学などの人文科学を融合するといった人類の知的資源の保存、研究、発信の方法を大きく変える方法のことを、デジタルヒューマニティーズといいます。デジタルヒューマニティーズは、人文科学のブレークスルーのヒントになるといえるんじゃないでしょうか。歴史学者や人類学者がコンピュータを活用できる方法のモデル化をする。そして、歴史学をコンピュータとともに考える未来を作るのが私の研究なのです。
デジタル・アーカイブの最前線 知識・文化・感性を消滅させないために
時実象一(講談社ブルーバックス)
人文情報の基本的なデータを作るために、多くの歴史的資料をデジタル化します。その行為を「デジタル・アーカイブ」と呼びます。昔のものを未来に伝える情報技術がこの本には詰められています。未来の技術を昔のものに使ってみたいという、新しもの好き?な人におすすめです。
データを紡いで社会につなぐ デジタルアーカイブのつくり方
渡邉英徳(講談社現代新書)
デジタルアーカイブの作り方という副題がついた本ですが、デジタルアーカイブの作り方というより、それがどのように社会とつながるのかを書いた本です。長崎・広島の原爆という歴史の記録がデジタルでどのようによみがえっているのか、その一端を見てみてください。