◆どんな新しい発見をしましたか
市販蓄電池の中でも最もエネルギー密度の高いLiイオン電池が、1991年に世界で初めてソニーから市販されました。ちょうど同じタイミングで市販化された、携帯電話の小型軽量化に果たした貢献は計り知れません。
そして、今や炭酸ガス削減の切り札として期待されている電気自動車にも、Liイオン電池が広く使われています。
しかし、CoやLiなどレアメタルを多用するLiイオン電池をそのまま電気自動車に使うと、コストがかさむだけでなく、せっかく電気自動車により炭素フットプリント(二酸化炭素排出による環境への負荷)が改善しても、安価な鉄の塊であるガソリン車に比べ、資源フットプリント(資源採掘による環境への負荷)はかえって悪化してしまうジレンマがありました。
我々の研究室では、電気自動車や風力・太陽光発電のバックアップ電源用ポストリチウムイオン電池として、より経済性、安全性の高いエコフレンドリー蓄電池の材料開発を行ってきました。
当初手がけたのは、レアメタルフリーのLiFePO4、FeF3、FeOFといった鉄系正極材料や、メタルフリーのロジゾン酸等有機正極材料の開発です。我々の目指すエコな電池のお手本として、地球上での生命進化40億年の試行錯誤の果てに生物が獲得した、ヘモグロビンに含まれる鉄の3価/2価の酸化還元反応で酸素を取り込んでいるエネルギー代謝システムがあります。
◆その研究が進むと何が良いのでしょうか
我が国は1990年代から電子立国として、国産半導体とその応用電子部品の輸出によって外貨を稼いできましたが、半導体に変わる新しい産業の米として、大型蓄電池による蓄電立国へのシフトが望まれています。
大容量の電気を蓄える大型蓄電池によって、風力太陽光等、出力変動する再生可能エネルギーの電力平準化バックアップ電源として、電力不足を緩和できます。また、新型蓄電池を動力源にする電気自動車やヒューマノイド等、我が国の新産業を牽引し、外貨獲得にも貢献できるだけでなく、我が国のハイテク産業のアキレス腱と言われてきたレアメタル依存度を低減することで、輸入頼りだったサプライチェーンの安定化(経済安全保障)にもつながります。
日本オリジナルのレアメタルフリーな大型蓄電池の開発によって、福島原発事故以降、慢性的電源不足、財源不足、雇用不足、資源不足にあえぐ我が国の閉塞状況を突破できると期待されます。
◆大型の蓄電池材料の開発で解決すべき課題は何でしょうか
蓄電池や太陽電池などの小型エネルギーデバイスは、そのエネルギー密度や変換効率が最も重要な因子です。ところが電池サイズが大きくなるにつれ、電池に占める材料費の割合が増えるため、むしろコストパフォーマンスがより重要になるゲームチェンジが起こります。
小型蓄電池ではコストや環境負荷度外視で使えたレアメタルも、大型蓄電池ではレアメタルフリーへ、原料材料からの材料設計の根本的見直しが迫られることになります。
さらに、蓄電池の安全性を確保するには内部短絡を起こさないことが前提です。例え内部短絡してしまっても、蓄電池内で発生した熱を素早く外に放熱し、熱暴走を防ぐことができれば、発煙→発火→爆発に至る事故を、未然に防ぐことができます。
しかし、電池の寸法r が大きくなるほど、電池表面積(∝ r2)に比例する放熱量が電池体積(∝ r3)に比例する発熱量に追いつかなくなるため、電池の安全性や信頼性もより重要になります。
また、蓄電池の事故リスクは、蓄電池1本の事故率と事故が起こった時の被害額の掛け算で、簡単に評価することができます。
例えば一般的な電気自動車は、スマホに使われている蓄電池の約10000本の直並列の蓄電池で駆動しています。この時、電気自動車用蓄電池の事故リスクは、スマホ用蓄電池のざっと(10000)2倍という試算になります。
実際にはそうならないよう、電気自動車用蓄電池はスマホ用小型蓄電池よりもあえてエネルギー密度を抑えたり、様々な保護装置による多重防護により、安全確保最優先の設計理念の下で、人身事故を防ぐ必要があります。
科学立国を標榜する我が国においても、全ての分野で世界最先端を走っている訳ではありません。むしろ多くの分野では残念ながら、欧米や急進著しい中国の後塵を拝しているのが昨今の現状です。
そんな中、日本が世界に先駆けて実用化に成功した商品に、ニッカド電池、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池、ナトリウム硫黄電池等、一連の蓄電池があります。電気化学は、日本のお家芸である蓄電池産業を下支えする学問分野です。
エネルギーと環境は、21世紀の人類が直面する2大問題です。その技術的根本的解決に電気化学の貢献が大いに期待されます。
北大理学部物理学科の卒業研究で、低次元導体で有名な三本木孝研究室に配属になった初日、先生がニコニコされながら新入4名にペンキとペイントローラーを手渡され、これから毎日使うことになる実験室の内壁、天井のペンキ塗りをするよう申し付けられました。
いきなりハズレの研究室を選んでしまった自らの不運を後悔しかけましたが、後日、「新入生にペンキ塗りをさせると、仕事の丁寧さや、要領の良し悪し、骨のある子かどうかが、学部の通信簿を見るよりよほど正確に分かるんだよ」と種明かしして下さいました。
大学の先生という薄給の職業に憧れを抱くことができたのは、ひとえに人間味溢れる三本木先生が、研究室内外の方々から慕われ、尊敬される存在だったことを目の当たりにしてきたためです。
卒業後も、先生が他界された後も、ずっと三本木先生の教え子であったことを誇らしく思いつつ、自らの至らなさを自省する日々を送っています。
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「16.材料」の「63.鉄・アルミ・チタン・マグネシウム・セラミックス等」
近未来のライフスタイルを一変するような革新的電池を夢見て、新しい電池材料、新しい電池反応機構の研究開発を行ってきました。
最近では、研究室若手スタッフのアイデアで、非水電解液の代わりに安価な水を溶媒にした水系Naイオン電池や水系Mgイオン電池、さらには正極負極電解質を全て同一組成のナシコン化合物で賄う単相型全固体Naイオン電池にも広く研究展開しています。
◆主な業種
・自動車
・重電系
・コンピュータ・情報通信機器
・半導体・電子部品・デバイス
・非鉄、セラミクス、炭素
・化学
・大学、教育機関・研究機関
◆主な職種
・基礎・応用研究・先行開発
・設計・開発
・生産技術
・製造・施工
・生産管理・施工管理
・事業推進・企画
・大学等研究機関所属の教員・研究者
◆学んだことはどう生きる?
この20年近くの間、大学院で研究テーマにした次世代蓄電池用材料開発の経験が活かせる職場ということで、我が国におけるLiイオン電池の製造や、研究開発のキープレイヤーだった名だたる主力企業…ソニー、三洋電機、シャープ、東芝、日産、三菱重工、日本ガイシ等に就職しています。
技術立国と言いながら、人体で例えると頭脳に当たる半導体や顔に当たる表示パネル同様、心臓に当たる電池業界においても上述した国内企業の多くは、事業縮小や売却、M&Aという逆風に晒されているのも事実です。日本が本来得意としてきたハイテク製造分野ですら、法人税、光熱費、土地代、人件費、社会保障費が安く、鉱物資源豊かな諸外国に伍して、トップランナーであり続けることの難しさを、Japan as No.1以降「失われた30年」の間、痛感し続けてきました。
一時の時代の波に乗り急成長した企業ほど、発展の前提となった環境の変化に脆弱なところがあり、大企業であってもその例外ではありません。平成30年の間の身の回りを見渡しても、蓄電池はニッカド電池からニッケル水素電池やLiイオン電池へ、表示素子はブラウン管からカラー液晶や有機ELへ、自動車はガソリン車からハイブリッド車や電気自動車へ、電話は固定電話からガラケーやスマホへ、スチールカメラは銀塩カメラからデジカメやスマホへ、携帯音楽プレイヤーはWalkmanからiPodやスマホへ、音楽メディアはレコードからCDやiTunesへ、映像メディアはVHSからDVDやNetflixへ、記憶メディアはフロッピーからフラッシュメモリやiCloudへ、通信メディアは電話線から光ファイバーや5Gへ、決済手段は現金からクレジットカードやQRコード決済へ。デジタル化、IT化の洗礼による様々なジャンルでの主役交代のスピードに、つくづく驚かされます。
終身雇用どころか、苦労して入社した会社が30年後、自らが定年の日にもまだ存続できるような時代ではなくなっています。社外でも通用する本当の実力、時々の世の中が普遍的に求める自分なりの不易なキラースキルを身につける自己啓発、自己実現努力を怠らず、第二、第三の職場でも引き続き最前線で活躍されることを、祈らずにはいられません。
◆テーマ案1
2009年に世界初の量産型電気自動車として三菱自動車から市販化されたi-MiEVに搭載されたLiイオン電池は正極にスピネル型Mn酸化物、負極に黒鉛が使われ、その充放電反応は以下の式で示すことができます。
正極反応:LiMn2O4 ⇄ Mn2O4 + Li + + e-
負極反応:6C + Li + + e- ⇄ C6Li
全反応:LiMn2O4 + 6C ⇄ C6Li + Mn2O4
この反応式からリチウムイオン電池1 kg当り、どれだけのエネルギーを蓄えることができるか試算してみてください(簡単のため正極活物質LiMn2O4 、負極活物質6C以外の電解液や電池ケース等の部材の重さは無視してください。また、電池の平均放電電圧は3.6 Vとして計算してください)。
◆テーマ案2
エネルギーの単位には、主に電磁気学で使われるWh、熱力学や栄養学で使われるcal、力学で使われるJ、量子力学で使われるeV等があり、 1 Wh = 860 cal = 3600 J = 2.2 x 1022 eV と換算できます。テーマ案1で求めたリチウムイオン電池の比重量エネルギー密度(Wh/kg)を、ガソリン1 kgの燃焼熱や、チョコレート1 kgの栄養価と定量比較してみましょう。
◆テーマ案3
体重60 kgの成人の1日の必要カロリー摂取量2400 kcalをショ糖の燃焼で賄うためには1日最低何gのショ糖が必要か調べてみましょう。
ちなみにショ糖の熱化学反応式は下式で表されます。
C12H22O11 + 12O2 → 12CO2 + 11H2O+5800 kJ
◆テーマ案4
テーマ案3で計算した体重60 kgの成人の人体1 kgの1秒当たりの発熱量をW/kgの単位で算出し、太陽1 kg当たりの毎秒の放射エネルギーと比較してみましょう。 ちなみに太陽の放射エネルギーは毎秒1026 cal/s、太陽の全重量は2×1030 kgです。
◆テーマ案5
太陽が全てガソリンでできていて、火力発電のようにその燃焼反応でエネルギーを出しているとするとその寿命は何年で尽きることになるか計算してみましょう。
ちなみに太陽の推定年齢は47億年程度、宇宙の推定年齢は137億年程度と考えられています。
◆テーマ案6
太陽が水力発電のように重力エネルギーでエネルギーを出しているとするとその寿命は何年で尽きることになるか計算してみましょう。
ちなみに太陽の重力定数はG=6.7×10-11 Nm2/kg2、太陽の半径は7×108 mです。
元素戦略 科学と産業に革命を起こす現代の錬金術
中山智弘(ダイヤモンド社)
これまで、磁石や表示素子、蓄電池等、日本が外貨を稼いできた先端デバイスは、その機能をレアメタルに頼ることが多かった。しかし、石油だけでなく多くの金属資源が今世紀中に枯渇することが予測されている今、環境負荷の観点からも、天然資源に乏しい我が国のナショナルセキュリティの観点からも、これ以上看過できない問題として急浮上してきている。
単に材料分野にとどまらず、物理や化学という学問分野、学術や実用というジャンルを飛び超え、あらゆるデバイスのレアメタルフリー化、エコフレンドリー化を目指す我が国発の国家戦略「元素戦略」のコンセプトを解説した、当事者による初めての成書である。
Q1.一番聴いている音楽アーティストは? YES等、プログレ全般です。院生時代はPVもMVもプロジェクションマッピングもない時代でした。そこで、ステレオの左右のスピーカー出力を、オシロスコープのX軸Y軸に入力しました。 音楽とシンクロし、ヒストグラムの描くリュージュ図形をモニターしながら、シンセサイザーの奏でる正弦波のコード進行のハモりと、フェーズシフターのうねりが織りなす幾何学的なトーラスの舞いを、視覚聴覚双方で鑑賞していました。 プログレの古典的名曲「クリムゾンキングの宮殿」の開始7分後の間奏部分は一見(!)の価値ありです。 |
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Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は? 『2001年宇宙の旅』。人類がまだ月に行く前の1968年に公開されてから10年経った学部時代、古典的SF映画ということで、あまり期待せず暇つぶしがてら見た1本です。シネマスコープの美しい大画面映像、アバンギャルドなBGM、これまでの商業映画のフォーマットを逸脱した形而上学的なエンディングに、すっかり心奪われました。 社会人になってからも、レンタルビデオを借りてじっくり見る機会がありましたが、初見の時には気も止めなかった公衆TV電話やテレフォンカード、iPadライクなタブレット端末が画面にさりげなく映っていることに、遅ればせながら気がついた次第です。 ちなみに私が初めてテレフォンカードなるものの存在を知ったのは、NTT入社直後、横須賀通研で市販前の試作品を目にした1981年です。アラン・ケイがタブレット端末のコンセプト、Dynabookを発表したのが1977年。iPadが市販されたのは、2010年のことです。 |
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Q3.大学時代の部活・サークルは? サイクリング部。駐輪場に置きっ放しにしていた自転車が一晩の吹雪で埋もれてしまい、翌朝心当たりの場所をあちこち掘り返すも結局見つけることができず、青春の苦い思い出となっています。 |
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Q4.研究以外で楽しいことは? コロナ禍の今は、もっぱら自宅での園芸。かつて出張先の深圳で地元の生ライチの味に感動し、日持ちしないため日本国内では冷凍物しか流通していないことを初めて知りました。自宅の庭で収穫した生ライチを、研究室の中国人留学生達に味見してもらうのが目下の目標です。 |