第16回 高校生へメッセージ~人工知能が“意識”や“精神”を持ってしまう「技術的特異点」問題とは?
最後に、みなさんから何度か尋ねられた「人工知能は、いつ人間の脳を超えるのでしょうか?」という質問に答えておきたいと思います。最近の人工知能ブームが、なぜこれほど人類が経験したことのない空前の盛り上がりを見せているのかについて話してきましたが、最新の人工知能研究をもってすれば、脳を完全にコピーすることもできなくはありません。今この瞬間の君の脳の状態を全部コピーしてハードディスクに落とすのだったら、たぶんDVD5枚もあれば事足りるでしょう。でも次の瞬間の脳の状態はどうなっているかまではわからない。
確かにコンピュータの集積度の進展には著しいものがあります。すでに話したように、集積回路のハードウエアの機能としては2018年には、CPUは人間の脳を超えることが予想されています。人工知能ははたして人間の脳を超えるときが訪れるのでしょうか。その論議は実はもう始まっています。つまり今から30年後の2045年、人工知能の技術が限界まで進めば、人工知能は意識(精神)を持ってしまうだろうことが論議の対象になっているのです。これを「技術的特異点」問題と言います。少し説明しておきましょう。
コンピュータ技術が、今のペースで発達し続けるとある地点で、人類の知能を超える、究極の人工知能が誕生する。その人工知能が、さらに自分よりも優秀な「AI」を開発し…といった具合に「AI」が「AI」を連鎖的に作り続け、爆発的スピードでテクノロジーを自己進化させ、人間の頭脳レベルではもはや予測解読不可能な未来が訪れる。これを技術的特異点と言います。この概念は、数学者らにより提示されました。そうなれば、コンピュータは単なる道具ではなく、正しくプログラムされたコンピュータには精神が宿るとされ、実際に特異点を発生させる方法や、特異点の影響、人類を危険な方向へ導くような特異点をどう避けるかなどが議論されているんです。
機械が人間の能力を超えるとは、どういう意味なのでしょう。計算能力だけで言えばコンピュータはとうの昔に人間の脳をはるかに超えちゃっています。人間の能力というのが意識(精神)まで含めるのか、そもそも人間の能力とは何かということがはっきりわかっていないので、私にはこれ以上何とも答えられません。
私が目指しているのは、どちらかというと人工知能が人間の中に入り込み融合するような世界です。別の言い方をすると、脳に人工的なデバイスをつないで、脳の働き自体をもっと拡張していこうという方向です。
ちょっとわかりづらいと思うので、もう少し説明しましょう。みなさんの日常の行動・生活はパソコンやスマートフォンで結びついています。これはつまり、みなさん1人1人をニューロンとした場合、各ニューロンが情報機器や媒体を介してネットワークでつながった社会全体を形作っているというふうにイメージしてもらったらいいです。ある意味、世界は1つの計算機の中にいるのです。こういう社会全体が“脳化した”「知能化社会」という方向に人工知能研究は向かうんじゃないか。それは決して絵空事じゃない。現にみなさんが持っているスマートフォンの中で今まさに起ころうとしていることなんです。
人工知能は私たちを滅ぼすのか―計算機が神になる100年の物語
児玉哲彦(ダイヤモンド社)
2030年に暮らす女子大生のマリが、卒業論文を書くために、アシスタント知能デバイス(A.I.D.)のピートと一緒に、AIの開発史を調べる旅という設定。第二次世界大戦中のナチスの暗号装置エニグマの解読機であるチューリングマシンから、パーソナルコンピューター、スマートフォン、クラウド、IoTを経て、人工知能が一般化する2030年までの100年の物語。進化の行きつく先は?
脳・心・人工知能―数理で脳を解き明かす
甘利俊一(講談社ブルーバックス)
「人工知能が人間の知能を凌駕し、社会に大変革が起こる技術的特異点が2045年頃に訪れるという説があり、脳の研究者もこれを他人事とみるわけにはいかない。脳研究は、いまや社会全体の関心事である」と語る数理脳科学の第一人者・甘利先生が、脳の誕生、その働き、さらに心や文明、人工知能についてなど、脳の世界を解き明かします。
知能の謎 ~認知発達ロボティクスの挑戦
けいはんな社会的知能発生学研究会 (著)(ブルーバックス)
目に見えない「知能」を、ロボットを介して目に見える形でとらえ、これを明らかにしようとする「認知発達ロボティクス」という分野の入門書です。身体を持ったロボットが外界と係わり合いながら知的な振る舞いを獲得(学習など)していく様子からは、単なるプログラムの振る舞いという以上の知能の本質に迫る様々な可能性がみえてきます。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フィリップ・K・ディック(ハヤカワ文庫)
古い小説ですが、人工知能についていまなお多くの示唆を含むSFです。人造とそうでないものの違いはなにか、意識や心、生命とはという根源的な課題を問いかけてきます。この小説が原作である映画「ブレードランナー」もおすすめです。
ミンスキー博士の脳の探検 ―常識・感情・自己とは―
マーヴィン・ミンスキー (共立出版)
高校生向けの専門分野の入門的な書物。人工知能の父、ミンスキーの著作です。濱上先生がこの分野に入るきっかけとなったのは、同著者による『心の社会』。『心の社会』は高校生にはやや少し難しいかもしれませんが、この本は、かなり高い本にはなりますが、比較的平易で読みやすいです。今こうして考えている自分とはなんであるのか、誰しもが一度は持つ疑問に、人工知能の立場から答えてくれます。
ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき
レイ・カーツワイル(NHK出版)
2045年、コンピュータの計算能力が全人類の知能を超えるという説がある。その先の急激に進展する未来を描く全米ベストセラーの邦訳版。遺伝子工学、ナノテクノロジー、ロボット工学の技術革命が鍵だと言う。600ページを超える大著、価格も高めだが、著者のレイ・カーツワイルは技術的特異点などで知られるフィーチャリストで、AI(人工知能)も含めて幅広い技術の進歩と未来について知ることができる。