第17回 濱上知樹先生インタビュー
■先生の分野は「人間情報学」と言われる分野ですが、どんな分野ですか。
人間が持つ高度な情報処理や知能のしくみを工学的に解明し、コンピュータプログラムとして人工的に実現・応用する方法、そのための理論に関する研究分野です。いわゆる「人工知能」に代表される人とコミュニケーションがとれるコンピュータや、人の代わりになって働く知能ロボット、安心・安全な社会を実現する知的社会システムの要素技術が研究されています。
■先生のご研究を具体的に教えてください。
高度な知的サービスや知的システム設計を可能にする知能システムの研究を行っています。近年、システムの高度化・複雑化に伴い、人工システムと人との乖離(かいり)が生じ、人の能力だけでこれらの複雑システムの設計や制御を行うことが困難になっています。
この課題を解決するためには、知的労働の負担を人工知能の力で補い、人の知的能力を支援・拡張することが必要です。このような人工知能を作るために、人が扱いきれないほどの多くのデータを用いてコンピュータ自ら学習を行い、新たな知識の発見や行動の最適化を探すしくみが求められています。そのしくみの要素技術とこれを用いたシステム設計、開発について研究をしています。
■生み出された成果は、社会的にどのような意義を持つのでしょうか。
著名な未来学者であるアルビン・トフラーは、1980年代に書かれた『第三の波』の中で、人類が経験した2つの大きな技術的大変革(農業革命、産業革命)に続き、情報革命を予想しました。果たして今世紀に入ってからのめざましいIT技術の進歩は、人類の生活や働き方、社会のしくみに至るまで大きな変化を生み、革命と呼ぶにふさわしい大きな恩恵をもたらしました。
一方で技術の拡大が及ぼす負の側面も明らかになりつつあります。知能システムはその負の側面を解消し、人と人工システムがともに協調・支援しあうことで、安心・安全に暮らせる豊な社会をつくる基盤となります。そして、きたるべき第四の波―「知能革命」の基盤技術として重要な役割を担っていくと考えています。
■先生は、その研究テーマをどのように見つけたのでしょうか。また、その研究の発想はどのように考えて生まれてきたのでしょうか。
最初に手掛けた研究は、画像や音声といったメディア信号処理の研究でしたが、次第に、これらのメディア信号を解釈する人の認知のしくみに興味を持つようになり、人工知能の研究を手掛けるようになりました。一方で、以前は企業で研究をしていたのですが、その間に、多くの人やシステムが関わる大規模複雑なシステム設計に携わる機会を経て、社会と技術のあり方や、永続的な社会システムを支える知的制御の必要性を感じるようになりました。これらをきっかけとして、人工知能を用いた知的社会システムという研究分野に焦点を当て、これを支える基盤技術と設計法、応用に取り組むようになりました。
テーマとの出会いは、偶然や興味の方向性もありますが、あえて既存の分野にこだわらず、幅広い興味と経験を積んでいくことで、ある日突然視界が開けることもあります。一見関係ないように思えることでも、常に興味のアンテナを張り巡らせておくことが、新たなテーマの着想や思わぬ発見のきっかけになると思います。
■高校生が、授業や課外活動等で、先生の学問領域に関する研究をするとしたら、どんなテーマが考えられるでしょうか。
「知識と知能はなにが違うのか」
「知能はどこにあるのか。それはどのような単位なのか。それは物理で語れるか」
「二足歩行や会話をするロボットには知能はあるか。それは人と同じなのか違うのか」
「コンピュータのプログラムは、知能といえるのか」
などについて、それぞれ思うところの仮説をつくり、それを論理的に説明することを試みてください。また、それを持ち寄って、5~7名ほどでグループディスカッションをしてみても面白いと思います。
■先生が指導されている学生や大学院生の研究テーマを教えてください。
・配電系統の自律的な自己復旧システムの研究
・機械学習を用いた高度な知的救命救急支援システムの研究
・自律移動ロボットの強化学習の高速化に関する研究
・歴史資料デジタルアーカイブからの知的構造の発見と人文研究支援の研究
・大規模複雑システム System of Systemsの知的設計と運用に関する研究
■先生のゼミや研究室の卒業生は、どんな仕事をされていますか。
情報系分野はあらゆる職種・業種にまたがって需要がありますが、主に、電気・電子・情報系企業のシステムエンジニア、技術者・研究者、シンクタンクのコンサルタントとして社会に貢献している卒業生が多いです。大学・研究で培った基礎的知識はもちろん、論理的思考や方法論を生かして、活躍をしています。官公庁や大学教員として、技術職・教職に就いている卒業生もいます。
■先生の高校時代を教えてください。
山岳部に所属し、休みに度にテントを担いであちこちの山に登っていました。三年次には主将をつとめ、インターハイを目指して日々荷物を担いで階段を上り下りする毎日でした。山岳部は指導教員の部員も文系ばかりで芸術家肌の人も多く、文学や社会・歴史、芸術の話題など、幅広い話題に事欠かなかったことは刺激になりました。まだスマートフォンもパソコンもない時代で、狭い世界であったとは思いますが、知的な刺激を受けあえる環境に恵まれたことが、学問の面白さに目覚めるきっかけをつくってくれたのではないかと思います。
■濱上研究室のHP
http://hamagamilab.ynu.ac.jp/
連載おわり
ピンポン
松本大洋(小学館コミック)
スポーツにしても進学にしても,思うようにいったりいかなかったり。才能なのか努力なのか運なのか、その疑問に答えはなくても、楽しくやっていれば人はそれぞれの成長を遂げられるのだと、元気づけられるコミックスです。映画・アニメにもなっています。
知能の謎 ~認知発達ロボティクスの挑戦
けいはんな社会的知能発生学研究会 (講談社ブルーバックス)
目に見えない「知能」を、ロボットを介して目に見える形でとらえ、これを明らかにしようとする「認知発達ロボティクス」という分野の入門書です。身体を持ったロボットが外界と係わり合いながら知的な振る舞いを獲得(学習など)していく様子からは、単なるプログラムの振る舞いという以上の知能の本質に迫る様々な可能性がみえてきます。
人工知能研究の入門書としてはもちろん、「心」、「脳」、「社会」といった人の深い部分に根ざした対象に、人工知能技術はどのように接近しようとしているのか、未来の知能ロボットの姿に触れることのできる一冊です。著者は、瀬名秀明、浅田稔、銅谷賢治、石黒浩、茂木健一郎など気鋭の研究者10人。そのお一人、浅田先生の『ロボットという思想~脳と知能の謎に挑む』(NHKブックス)もお勧めです。(敬称略)
◆高校生に、この本全体で伝えたいこと、読んでほしい観点は何でしょうか。
コンピュータプログラムにしてもロボットにしても、それらが人の能力に近づけば近づくほど、知能や人間との違いも際立ってきます。それは、私たちが自分自身の存在について考えれば考えるほど、自分というものがよくわからなくなってくることに似ています。IT革命により、私たちの社会の中における人工知能技術は身近なものになってきましたが、その本質的な部分ではより多くの謎の存在が明らかになるなど、人と人工システムとの間にはまだ深い溝があるように思えます。人工知能や知能ロボティクスを介して、この溝を越えようとする試み、ーつまり人の知能の謎に迫ろうとする研究の魅力を知ってもらいたいと思います。
◆先生の研究分野とどのように関係していますか。
単に大量の情報をコンピュータに与えても、人と同じような知的な振る舞いは実現できません。その中から有益な規則性や構造を見つけ出す「学習」や効率を上げる「最適化」のアルゴリズムが必要です。また、自ら必要な情報を探し出し、改良しながら精度を上げていく「自律性」や「能動性」も求められます。さらには、他のコンピュータや人と協力しあって、さらによりよい結果に結びつけるための「協調性」や「社会性」も不可欠です。
これらが総合して機能することで、初めて人と伍す「知能」を持ったロボットやシステムとなります。人工知能の分野では、それらの要素となる技術はもちろん、そんなロボットやシステムの設計、そしてそれを用いた様々な知的サービスなど、幅広い研究が進められています。