第10回 人工知能が美術品に隠された意味合いを解釈する~人工知能と人文系のコラボ
私たちの研究室は、人文系分野に人工知能を使う新しい試みも行っています。その一例として、国立歴史民俗博物館と共同で、小袖屏風の染・絞りの図像アーカイブデータから、美術史学においてイコノロジーと呼ばれる学問研究を、人工知能にさせる試みを行っています。
イコノロジーとは、美術作品に描かれた図柄などから、歴史的な意味とか、純粋な形やモチーフ、物語、寓意などの象徴的意味を解釈、体系化する試みのことで、図像解釈学と呼ばれます。
小袖屏風とは、小袖を押絵貼りした屏風のこと。小袖とは、着物ですね。その着物の文様・柄を読み解いていく。小袖の文様の中は実はビッグデータの宝庫と言えるんです。いわゆるビッグデータは最初からデジタルデータですが、小袖の場合、歴史をさかのぼる方向にデータを集め、デジタルになっていないものを新たにデジタル化していこうという試みです。まず、小袖の図柄の中で意味のありそうな非常に小領域を階層的に切り出します。切り出した膨大な数の小領域を、機械学習は自ら考え、パターンを認識し、意味を抽出していくという作業を行います。
人工知能の計算機は、特定の物体を認識する時、これはウマ、これはトラと言った具合に、一般的な名称で認識していきます。これを一般物体認識と言います。小袖の中のビッグデータを見た時、その一般物体認識に照らして、機械には何が見えてきたのかというと、例えば、この形象はイソギンチャクが40%含んで見えるとか、そのようにして、牡丹、イソギンチャク、ウミウシ、線虫…などの形象が見えてきました。
さらに機械学習の自ら自律的に考える作業の中で、小袖の文様同士のネットワークを作ることも見えてくる。そこに、美術品の隠された知的構造パターンが読み取れるのでは、ということを目指した研究をしているのです。
つまり絵や図柄から隠されたパターンを読み解くときに、人文系の美術史学の人が自らの審美眼と頭脳が行ってきた作業を、機械学習にやらせようという大胆な試みです。こうして人工知能を歴史資料に応用することによって、文理融合領域の研究、ひいては日本美術史上の新しい発見が期待できるのでないかと私たちは考えています。
現実的にどんな役に立つのかと言うと、博物館展示の方法に関して、未来の展示法が期待されるのでないでしょうか。実際、私たちは小袖の文様が光のあたる角度によって、機械学習が見つけ出してきた隠されたパターンが浮かび上がるディスプレイを開発しています。画面を見ると、2次元の平面なのに、存在感がまったく異なるパターンが見えてきます。新しい美の発見ですね。このように、人工知能と人文系とのコラボは今後進むことでしょう。