第11回 脳そのものをシミュレーション~最新の人工知能研究の流れ
人工知能ははたして近い将来、人間の脳を超えることができるのでしょうか。わずか60年で急激に発展した人工知能の研究の歴史を話してきましたが、最後に、人工知能の今後について話しましょう。この研究には、2つの大きな流れがあります。まず1つ目ですが、脳の生理機能を徹底的に解明する試みです。つまり人間の脳を完全にシミュレートしてみようという方向です。
2011年、米国の研究グループが、ネズミの脳の回路を再現し記憶をバックアップすることに成功しました。どういうことかというと、記憶をつかさどる脳の海馬をスライスし、そこにある神経回路をそのままチップにする技術です。チップの多層化により、脳回路をそのまま電子回路にしてしまうことができました。脳ってどんどん切り刻んでいくと、最終的には1個1個のニューロンとそれをつないでいるネットワークの構造が見えてきます。この脳をそのまんま計算機に写し取ってやろうという発想です。
2年後の2013年、日本の誇るスーパーコンピュータ「京」は、10兆個のニューロンの結合する様子をシミュレーション研究で明らかにしました。神戸の理化学研究所が、マーモセットという小型の霊長類の全脳の規模のニューロンネットワークの再現に成功したのです。理化学研究所のこの研究のきっかけになったのは、アルツハイマー病などの脳・精神疾患の治療に役立てたいということがあったそうです。
実は、脳・精神疾患のマウスを使った素晴らしい研究はあるが、マウスとヒトとでは、明らかに脳の一部の構造が異なり、高次の精神機能を担う脳の研究には、マウスのモデルでは必ずしも人の病態を反映しないという事情がありました。かと言ってiPS細胞で人間の脳そのものを作ることはまだできません。
そのように見ていくと、人間の脳神経のネットワークと精神神経疾患の理解に向けて、ヒトの脳に最も近い霊長類の脳を対象にした研究は必須だったといえそうです。この研究は最終的に、ヒトの心を生み出す脳の仕組みに迫ることをプロジェクトの目標に掲げています。
前にも述べましたが、もともと人工知能研究は、脳のニューロン研究から始まりました。ですから、脳の生理機能を徹底的に解明する最新の人工知能研究の流れは、もう一度研究の初心に戻ろうという回帰の方向です。こんなふうに脳の仕組みを計算機に写し取ることがまさに現実的になってきているのです。