クレオール主義
今福龍太(ちくま学芸文庫)
僕の研究では、アフリカからキューバに移植された黒人の伝統や文化が、スペイン系白人のそれと接触することによって、どう変容したのかが分析テーマの一つです。キューバの歴史は、奴隷貿易、移民、亡命など、様々な民族の移動と混交によって特徴づけられています。本書は、メキシコやカリブ海域、ブラジルなどをフィールドとする文化人類学者が、そのような文化の流動性について日本に紹介した先駆的著作です。
「クレオール主義」というのは、単一性や純粋性への還元と固定化ではなく、多様な人種や文化の「混血」と変容による動的な創造性に目を向ける姿勢です。やや難解な文体ですが、文化人類学の枠を超えて、文学や絵画、写真などを交えた横断的考察はすごくスリリングで、知的好奇心を刺激されます。
白人と黒人の混血が生み出した、キューバ独自の黒人芸術
広い世界への憧れ、チリへの留学
僕は北海道の公立中学・高校出身です。そんな田舎育ちだからこそ、未知の広い世界への好奇心が人一倍強くありました。中・高では英語を頑張り、世界中を旅したいと思って、大学ではスペイン語の専門課程に進みます。何を研究したいのかよくわかりませんでしたが、語学を学び、チリの先住民についてゼミで学んでいた延長で、チリに留学しました。
詩の意味はわからないけど、響きとリズムが心地いい
今の研究につながるきっかけになったのは、留学中、ある書店でたまたま手にした詩集です。「ソンゴロ コソンゴ ソンゴ ベー」。聞いたこともないスペイン語。でも声に出すと不思議なリズムがある。ニコラス・ギジェンというキューバの詩人の詩集でした。
「何やらわからんけどおもろい」。これが僕の研究の出発点です。
白人と黒人の交わりにキューバのアイデンティティがある
「アフロキューバ主義」というのは、1920〜40年代にかけてキューバで起こった黒人芸術運動です。1886年まで奴隷制が続いたこの国では、当時まだ黒人や黒人文化に対する人種差別や偏見が根強くありました。しかし欧米で黒人芸術が流行すると、そこに変化の兆しが現れます。
そして白人と黒人の交わりにこそ、キューバ独自のアイデンティティがあるという言説が形成されていったのです。ギジェンの詩集は、まさにその運動の中核をなすものでした。
「混血」の言説は、キューバにおける黒人文化の受容を促す一方で、現実にある人種問題を不可視化させました。そのような芸術運動の成果と問題の解明に取り組んでいます。
「アフロキューバ主義における混血アイデンティティの言説形成プロセスの解明」
オスカー・ワオの短く凄まじい人生
ジュノ・ディアス、訳:都甲幸治、久保尚美(新潮クレスト・ブックス)
アメリカには、ヒスパニックと呼ばれるスペイン語圏からの移民が多いことは聞いたことがあると思います。この小説では、母親がドミニカ共和国出身の、オタクでモテない青年オスカーが主人公です。こんなに面白く、衝撃的に残酷で、でもとても切ない小説を、僕はほかに知りません。
ドミニカ共和国の独裁者トルヒーリョに翻弄され、離散した家族の人生が、ポップなノリと複数の登場人物の語りで明らかになっていきます。英語とスペイン語が渾然一体となった作品ですが、カタカナでスペイン語のルビがふってあるので、2言語が混交した独特の文体を楽しむことができます。「スパングリッシュ(Spanish + English)」やカリブ文化、アニメやSFなどのサブカルチャーを扱った文学に興味がある人には、特におすすめです。