人間がコンピュータなどの道具をより快適に使うために、コンピュータに入るソフトやコンピュータそのものであるハードの設計・デザインの方法を学ぶヒューマンコンピュータインタラクション。尾形先生はセンシング技術を使って皮膚をタッチパネルのように操作できる技術を開発したり、磁力の力であたかもひとりでに動くような新しい紙のメディアを発明したりするなど、斬新なアイデアで面白い道具を次々と作り出しています。
皮膚をスマートウォッチのタッチパネルに!
コンピュータと私たちをつなげる役割を果たしてくれるものをインターフェース(Interface)と呼びます。インタフェースとは「境界、接点」という意味です。私はコンピュータの中でも、人間が直接触れる部分にあたるヒューマンインタフェースの研究を行っており、人とコンピュータがより良い関係を築いていけるようなデザインを考えています。パソコン、携帯電話、スマートフォン、スマートウォッチと、私たちの身近なコンピュータが進化を遂げるたびに、それらを操作するために私たちが使うヒューマンインタフェースもマウス、キーボードからタッチパネルへと大きく形を変えてきました。これによって、コンピュータを使ってできることはどんどん広がり、持ち運びもできるようになりました。
私が開発した「SenSkin」というデバイスは、インタフェースとなる装置を「持ち運ぶ」という概念を覆してしまうかもしれません。なぜなら、これは、人間の皮膚そのものをタッチパッドに変えてしまうからです。コンピュータが私たちの中にある、そんな感覚です。
仕組みはこうです。バンド型の「SenSkin」を腕に巻きつけて腕の皮膚を触ると、触ったときの皮膚の形状変化を特殊なセンサが読み取ってくれます。そして皮膚の形状変化のパターンをコンピュータに機械学習させることによって、今皮膚の上でどんなジェスチャーをしているのかということが、コンピュータ上で7パターンもわかるようになりました。
つまり、皮膚を7種類の触れ方でタッチパネルのように操作ができるようになるということです。この技術をスマートウォッチに装着すれば、小さな画面で操作が難しいスマートウォッチだって、皮膚を触るだけで簡単に操作することができるようになります。
フィジカルとデジタルの垣根を越える新しい「紙」
ヒューマンインタフェースは、私たち人間が生きているこの物理的(フィジカル)な世界とコンピュータのデジタル世界をつないでくれるものですが、この二つの世界にはまだまだ大きな隔たりがあります。コンピュータで扱う情報データに直接触れ、移動させたり、形を変えたりすることはできませんし、逆に手で触って扱っているモノをデジタル化することなくコンピュータで扱うことはできません。この垣根を超えることができたら、もっと面白いことができるのではないかと思い、情報があたかも自分の身体を持っているかのように操作できるようデザインすることで、その隔たりを解消しようと考えました。
具体的には、身近な情報メディアの一つ「紙」に「身体性を与える」という研究を行っています。超極薄で強力な磁石で紙を自由自在に動かせる特殊な紙素材を使ったメディア「FluxPaper」を開発しました。紙同士が自由自在にくっつきあい、パズルのように一枚の絵を作り上げたり、サイコロのような立体的な形を作ったりすることができます。今までにない全く新しいデザインや使い方も生み出せるかもしれません。「FluxPaper」をメモとしてホワイトボードに貼れば、いちいち手で貼りかえることなく、並び替えたり、不要となればごみ箱へと移動させたりすることもできます。この新たな紙メディアで情報を伝えるなど活用していくことで、「これまでの紙」でしていた情報伝達以上の様々な可能性が広がっていくと思っています。
人間とコンピュータのよりよい関係性をデザインすると聞くと、コンピュータをより快適に使えるようなハードウェアやソフトウェアの設計をすると考える人も多いかもしれません。しかし私の考えるインタフェース研究は、モノや身体の形状を把握する計測技術やそれらを実際に動かす工学的なアクチュエーション技術、それにハード・ソフトを組み合わせ、便利で面白い世界をデザインする「総合芸術的」なのです。
アンドロイドは人間になれるか
石黒浩(文春新書)
コンピュータが物理世界を動かしたり、情報が身体を持ったりというテーマを突き詰めていくと、最後に行き着くのはロボットかインタフェースかのどちらかになると考えています。石黒先生はロボットの可能性を突き詰めた研究者であり、アンドロイド研究の第一人者です。アンドロイドの研究がもたらす世界観は、形こそ違うけれどもヒューマンインタフェースやHCIで実現される未来でもあります。コンピュータと人間の関係性を考える哲学の本としてお薦めします。
誰のためのデザイン?
ドナルド・ノーマン、岡本明・安村通晃・伊賀聡一郎・野島久雄:訳(新曜社)
コンピュータを含めた人工物としてのインタフェースについて、デザインと人間行動・認知科学の点から書かれています。すべてのコンピュータ科学者が読むべき本であり、人が触れるものすべてのデザインにも通じるテーマです。
ライト、ついてますか 問題発見の人間学
ドナルド・C・ゴース、G.M.ワインバーグ、木村泉:訳(共立出版)
人はなぜ問題を抱え、解決できないのかについて、ユニークな題材を使って思考実験を行っています。見せかけの問題定義を鵜呑みにするのではなく、真の問題を発見することが大切だと気づかせる本です。本書の問題提起は研究の本質そのものであり、人間が触れたり関わるものを設計するための教養を教えてくれるでしょう。
カッコウはコンピュータに卵を産む
クリフォード・ストール、池央耿:訳(草思社文庫)
タイトルも古臭い表紙も現代的ではないがお薦めです。インターネットがまだ普及していない(スマートフォンも当然ない)時代のアメリカを舞台にしたハッカーとの戦いが描かれており、パソコンと、インターネットの原型ともいえる古典的なマシンの操作場面が面白いです。
高校生のときに読んだ衝撃をいまでも覚えています。この本を読んで初めて、コンピュータの中に入り込んで問題をあぶり出していくハッカーという存在を知りました。著者である天文学者は多才な人物で、天文学者であるはずなのに、計算のためにコンピュータに精通したハッカーであり、さらにヒッピー文化にも染まっている点では、同様にハッカー文化とヒッピー文化に密接な関係があったスティーブ・ジョブスにも匹敵する凄さです。この本を読んだことで研究者がかっこいいと思ったし、コンピュータを自由自在に扱うことがクールだと思いました。近所の古本屋で上巻を見つけ、下巻は図書館で借りてきた記憶があります。高校生や大学生のうちに将来の刺激になる本と出会ってほしいです。