私たちの生活にすっかり浸透したWebシステムは、毎日、あらゆるアクシデントを復旧する、Webシステムの運用技術者によって支えられています。Webシステムの完全自動化を目指してきた高村先生は、その一歩先を見つめています。完全自動化で人間が遊んで暮らせるようになった後、人間はどうなるのだろうと。それは来るべき人工知能社会での、人間の仕事とは何かという根源的な問いかけです。
Webシステムの完全自動化のもくろみは、Webシステム運用技術者のわくわくを奪うのか
完全はつまらない。だから不完全を楽しみたい
Webシステムの運用技術者は、日常的に起こるサイバー攻撃からの保護、突発的に起きる障害の復旧など、様々な仕事を行います。24時間365日いつでも使うことのできるWebシステムは、運用技術者の不断の努力によって支えられています。
Webシステム運用技術者の究極の夢は、Webシステムの完全自動化です。最近では、機械学習のような人工知能技術が著しく発達し、これまで人間が行ってきた複雑なオペレーションでさえ、自動でできるようになってきました。今この瞬間にも、私たちは煩雑な業務の自動化に取り組み続けています。
しかし、ここに来て、我々がどこか置き去りにしてきた疑問が浮かび上がりました。今後、様々な作業が自動化されたとしても、最終的にWebシステムの運用技術者は、わくわくと仕事ができるのだろうかと。
確かに自動化で人間は遊んで暮らせるようになるでしょう。ただ、もともと私たちはコンピュータが大好きで、そのモチベーションに支えられて、ここまでさらに新しい機械を生み出してきました。
考えてみるまでもなく、人間は不完全です。機械もまた不完全で、うまく動いてくれないことはまま起こります。しかし、だからこそ技術者の仕事の醍醐味も存在します。つまり、完全はつまらない。それなら一歩進んでむしろ不完全を楽しみたい。これが最近気づいた大きな発見でした。
機械と人間、どこまでいっても不完全のまま調和を築く
Webシステムの完全自動化が達成されたとき、人間の仕事を奪ってしまうのでしょうか。よく話題にされるこの問題は、機械と人間がどこまで行っても不完全であることを認めたままお互いの調和を図れば、技術者の好奇心は保たれたまま、Web運用技術も発展していくと、私は考えています。
これまでも、機械はシステム全体の監視を、一方、人間は突発的に起こりうる様々な事故のリスクの最大値を推定するといった具合に、お互いの不完全性を補いあい調和させてきました。今後様々な作業が自動化されたとしても、このような不完全性の補いあいはなくなることはなく、むしろ不完全性の循環の問題はより高度化して、続いていくと思われます。機械と人間、それぞれの持つ不完全さを受け入れ、向き合うことが、運用技術者をわくわくさせる好奇心の源泉になると考えています。
◆先生は研究テーマをどのように見つけたのかを教えてください。
8年程度運用技術者として様々なインフラ環境の裏側を支えた上で、エンジニアリング組織のマネジメントをする立場になって以来、機械と人のことを日々考えるようになりました。自社(ハートビーツ社)は運用技術者が構成員の8割を占めるような組織です。運用技術界隈ではもっぱら完全自動化に向けた技術革新が日々行われています。自動運転や機械学習による高精度な予測など様々なものが機械に代替されていく中で、運用技術者は今後どうするのだろうとふと考える機会がありました。このときに着想したのが今回のテーマでした。数十年後には機械と人間の関わり合いが課題になると思い、そこから考察を深めていきました。
◆高校時代は、何に熱中していましたか。
高校野球に熱中していました。当時は、もともと技術者になるとも思っていませんでした。スポーツを本気でやるとはどういうことなのかを身を以て経験しました。IT技術に触れ合ったときの第一印象は、「やればやった分だけ積み上がるのがたのしい」ということでした。スポーツは、こうやって動きたいと頭でわかっていても、うまく身体を動かすことができないということがよくあります。IT技術は処理系が機械なのできちんと論理立てて正しい入力を行うと安定した結果が得られます。機械が実行しているので当たり前の話ではありますが、エンジニアになりたての私はこの点に非常に感動しました。
ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信
ノーバート・ウィーナー 池原止戈夫、彌永昌吉、室賀三郎、戸田巌:訳(岩波文庫)
サイバネティクスとは、通信工学と制御工学、生理学と機械工学を総合的に扱うことを目的とする学問分野を指します。この本は初版が1948年という古典的な本にも変わらず、制御と通信に関する考察を基軸として現代のシステムにも通ずる理論が書かれています。専門知識がなくても工学に興味がある方にはおすすめの本です。Webシステムや人と機械のエコシステムについて興味がある人にはぜひ読んでほしい一冊です。
真説「陽明学」入門―黄金の国の人間学
林田明大(ワニブックス)
どのように学び、どのように考え、なにをするとよいのかについて漠然と考えたことが一度はあるのではないでしょうか。この本は、そのような方におすすめする本です。学問やスポーツなどの道を極める上で大切なこと、他者と関わる上で大切な考え方が書かれています。
自分は専門性を高めていく中で、論理と感情のバランス感覚を失いつつあるタイミングがありました。研究を進めていく上では、論理的に正しいことが大前提であるため、論理的な一貫性、整合性、説得力を研ぎ澄ませる毎日を送っていました。このような日々を送っていたせいか、感情の居場所はいつの間にかなくなっていました。そんな中で、この一冊に会えたことは幸運でした。そもそも感情と論理は切っても切り離すことはできず、さらには知識と行動も切り離せない、究極的には万物はすべてつながりをもっているという本書の考え方は、私の生き方を根本的に変えました。
この本を盲信してほしいという意図はありません。俯瞰的に自分の生き方について思考を巡らせるきっかけになればと思っています。