生物資源保全学

本当の「メダカ」はどこにいる? 生物多様性の研究


向井貴彦先生

岐阜大学 地域科学部 地域政策学科(自然科学技術研究科 生物生産環境科学専攻)

どんなことを研究していますか?

地球上の生態系はきわめて多くの生物によって構成されており、それぞれの国や地域には異なる動植物が生息しています。日本列島でも、北海道と沖縄には全く違う動物や植物が分布しています。生物多様性とは、地球上の場所ごとにさまざまな生態系があり、それぞれの地域に異なる生物が暮らし、同じ種の中でも遺伝子の違いによってさまざまな個体がいることです。

その結果として、それぞれの地域の特産物があり、旅先ではいろいろな景色を楽しむことができます。スーパーに多種多様な野菜や魚が並ぶのも、熱帯魚店に何百種もの熱帯魚が泳ぐのも、さまざまな病気の治療薬が開発されるのも、生物多様性のおかげです。

私の研究室は、生物多様性の中でも、野生動物の遺伝子の多様性について研究しています。たとえば、メダカという淡水魚は全国に同じ種がいると思われていましたが、地域ごとに遺伝子が違っています。よく観察すると模様や行動、ヒレの形も違っていて、特に日本海側と太平洋側で遺伝子や形態が大きく違っていたので、今ではキタノメダカとミナミメダカという2種に分類されています。

しかし、近年は養殖されたメダカが安価で売られているため、お店で買ったメダカが各地に放流され、それぞれの地方で進化してきたメダカたちは消えて行きつつあります。メダカは一つの例にすぎません。ほかにも開発や外来種のせいで消えつつある動植物がたくさんいます。私たちはそうした生物多様性についての現状を研究し、自然環境を守るための方法を考えています。

日本列島の本来の自然を残そう

日本列島は地域ごとに違う自然がありました。しかし、開発や外来種の影響で多くの動植物が姿を消し、その一方で、この百年弱の間に様々な動植物の移植や放流が国、県、市町村、個人などによって行われてきました。その結果、元の自然にいた動植物が消えて、人が放した動植物が増えたことで、「本来の日本列島の自然はどのような姿だったのか」わからなくなっています。

私の研究室では、主に淡水魚や両生類、爬虫類などを対象に、過去の文献や標本調査、現在生息する個体のDNA解析などで、それぞれの地方にどのような種が分布し、人の手によってどのくらい変化したのかを明らかにしようとしています。

研究室の合宿ではオオサンショウウオの観察会の手伝いなどもします
研究室の合宿ではオオサンショウウオの観察会の手伝いなどもします
この分野はどこで学べる?
学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

●主な職種は→公務員など

分野はどう活かされる?

専門技術が役に立っているかどうかはわかりませんが、生物多様性保全などの環境問題は社会のさまざまな面で関係してくるので、公務員などの行政においては役に立つ場面もあるかと思います。

先生の学部・学科はどんなとこ

岐阜大学地域科学部は総合系の学部なので、法学、経済学、社会学、文学、哲学のような文系の分野と生物学や化学などの理系の分野を学ぶことができます。専門的なことを学ぶというよりは、幅広く学び、広い視野を持つことで社会に出て活躍できるようになってもらうためのカリキュラムになっています。私は岐阜大学大学院自然科学技術研究科生物生産環境科学専攻の所属でもあり、大学院では分子から生態系まで環境について学びます。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
先生からひとこと

野生の淡水魚、爬虫類、両生類など、それぞれ多様で美しく魅力的です。一緒に守っていきましょう。

先生の研究に挑戦しよう!

調査対象とする地域と対象種を決めて、その種がどのように分布しているかを調べる分布調査、過去と現在で生き物の分布がどのように変化したかを地域住民の方にアンケートやインタビューで聞くような調査、大学と共同で今いる動植物の個体群が昔からいるもの(在来個体群)か、他地域から移殖されたもの(外来個体群)かを、DNAで調べてみる、などがあります。

最近はヘビの生態調査やサンショウウオの遺伝子解析などもしています
最近はヘビの生態調査やサンショウウオの遺伝子解析などもしています
興味がわいたら~先生おすすめ本

朱鷺の遺言

小林照幸(文春文庫)

トキは日本で一度絶滅した鳥である。現在、佐渡島でトキの保護と野生復帰事業が進められているが、それは中国産の個体を繁殖させたものである。トキが絶滅の危機にあると認識され、保護活動が進められながらも、絶滅を食い止められなかったのはなぜなのか。本書から、自然保護や環境保全がいかに難しいか、同じことを繰り返さないためにはどうすれば良いのかを考えてほしい。


湿地帯中毒 身近な魚の自然史研究

中島淳(東海大学出版部)

湿地帯とそこに住む魚類や昆虫が好きだった著者が大学に入り研究者になるまでの悪戦苦闘を描いた自伝的読み物。フィールドでの研究の魅力と苦労を、フィールドに魅了された著者本人の言葉でいきいきと描いている。


「池の水」抜くのは誰のため? 暴走する生き物愛

小坪遊(新潮新書)

池の水を抜いて外来種を駆除するテレビ番組は良いことをしているのか、それとも動物を殺すだけの悪いことなのか?空輸してきたカブトムシを森に放すのがネットで批判された理由は?捕獲が禁止されている希少動物の密猟者は何を考えていたのか?自然を守ろうとしたときに起こる様々な問題を紹介した本。自然保護に興味がある人におすすめしたい。


見えない脅威“国内外来魚” どう守る地域の生物多様性

日本魚類学会自然保護委員会(東京大学出版会)

淡水魚は水系がつながった範囲でしか移動できないために、海に囲まれて山がちな日本列島では地域ごとに隔離されて遺伝子が異なっている。遺伝子が異なるということは、同種とされていてもそれぞれの地域固有の特徴を持っているということであり、実際に婚姻色などが違っていることも多い。しかし、その一方で淡水魚は釣りや漁業のために他地域産が放流されることが多く、そのときに混じっていた種類も同時に放流されることもある。さらに観賞魚として購入された日本産の淡水魚が各地で放流されている。そうした行為によっていつのまにか自然が失われていくことについて知るための入門書。高校生にはやや難しいかもしれないが、興味があればぜひ読んでみてほしい。