無機工業材料

無機物から液晶を作る


中戸晃之先生

九州工業大学 工学部 応用化学科(工学府 工学専攻)

どんなことを研究していますか?

ディスプレーでおなじみの液晶は、結晶と液体の中間の状態にあって、硬い構造と流動性とを併せ持つ不思議な物質です。結晶のような配列の秩序を持ちながら、同時に位置的な秩序を保たずに、分子の向きを変えます。

液晶を形作る分子は、有機化合物です。無機物で作られた液晶はまだ知られていませんでしたが、結晶が持つ秩序立った配列の性質は、もともと無機物が持つ性質です。したがって、無機物を流動可能な状態で秩序立てて集積させることができれば、液晶になると考えられます。私たちはそのようなやり方で、無機物の液晶を作ることに成功しました。

無機工業材料の分野の中で、私は高校化学でも習うグラファイトなど無機物質の基礎からスタートし、光機能材料、触媒などの応用面の研究もしてきました。ここ10数年は「無機物を有機物のように柔らかく使う新しい材料」の研究に取り組んでいます。その流れで、無機物から作る新しい液晶材料の研究をしています。

将来は、今まで有機物質の代表のように思われてきた、プラスチック、ゴム、人工筋肉のような柔らかい物質を、無機物質で実現できると考えています。そうすることで、いろんな元素を自在に組み合わせて作れる無機物質の性質の多彩さや、砂漠などでも使えるような耐久性や頑丈さなどの長所を生かした、新しい「柔らかい材料」の開発が可能になるでしょう。

生体組織のような無機材料の創出を目指す

これまで無機化学といえば、無機物結晶の特徴である硬さ、構造の明確さ、そして高温のような過酷な環境に耐える安定性といった特徴に基づいた応用が注目されてきました。一方、化学者にとって究極の機能材料は、なんといっても生物です。生物は、柔らかさ、環境に対する敏感な反応といった特徴を持っていて、これは無機物の特徴と真っ向から対立します。

では、無機結晶と生物の性質を融合させることができれば、どういう材料が得られるでしょうか。硬さと柔らかさ、秩序と自由、構造のあいまいさと敏感な反応など相反する要素の協調によって、今まで見たこともない性質を引き出せると考えています。目指すのは「生体組織みたいな無機材料」の創出です。

国際学会での招待講演(上海市)
国際学会での招待講演(上海市)
この分野はどこで学べる?
学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

●主な業種は→素材メーカー

●主な職種は→化学技術者

●業務の特徴は→研究開発など

分野はどう活かされる?

卒業生が分野を生かしているどうかは、重視していません。学生に対しては、専門知識を覚えてもらうのではなく、論理的思考力をつけてもらうことを第一に考えて指導しています。

 

技術系のどんな職・分野で働くことになっても必要な、簡単な基礎から出発して論理を構築する力、「論理的に考え筋道を立てて話し明確に書く」力をつけてほしいと思っています。

先生の学部・学科はどんなとこ

九州工業大学工学部応用化学科は、規模が小さいながらも、化学のすべての分野のエキスパートがそろっています。原子をつなげて分子を作り、分子を集めて材料を作り、材料を工場で製品として生産する、そのすべてを体系的に学べます。

深い専門性を身につけるため、多くの学生が大学院へ進学します。また、国際的に活躍できる技術者の育成をめざして、海外との交流に力を入れています。コロナ禍の前は、大学院生の90%以上が海外体験をしていました。皆さんが卒業論文に取り組む頃には、いっそうパワーアップした国際交流を体験できると思いますよ。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
先生からひとこと

無機物質は、高校化学では扱いが小さいですが、有機物質(炭素化合物)以外の物質は、すべて無機物質です。周期表に載っているたくさんの元素から最適なものを選び、組み合わせて、いろいろな機能を持つ材料を作り出します。以下に挙げるような私たちの周りの材料から、最先端の電子部品、さらには未来の材料の素材まで、幅広い物質がこの分野の研究対象です。

・環境浄化に活躍する活性炭や放射性物質の吸着材などに用いる、ミクロな穴の空いた無機物質

・最先端のリチウムイオン電池や光触媒、さらには燃料電池、スーパーキャパシタ、量子ドットなどの素材となる無機物質

・有機物質だけでできていると思われがちな化粧品にも、無機物質はたくさん使われています。

・古くから知られているガラスや金属などにも、まだまだ研究の余地があるのです。

先生の研究に挑戦しよう!

・粘土、活性炭、沸石(ゼオライト)など、身近な無機物質の粉末を、水に分散させて安定なコロイド溶液を作ってみましょう。[なぜ、コロイド溶液になりやすいものと、なりにくいものがあるのでしょう。]

・上で作ったコロイド溶液に、インクや絵の具を垂らしてみるとどうなるでしょうか。[垂らしたものがコロイド粒子に吸着され、無色透明な水に戻るかもしれません。]

・コロイド溶液をそのままで、あるいはビーカーを回しながら、2枚の偏光板の間に置いて、片方の偏光板を1回転させてみましょう。[偏光板を回すと、光ったり暗くなったりを繰り返すコロイド溶液があります。それはなぜでしょう。]

このような実験ももちろん楽しいですが、高校生にはどんなテーマでもよいから、とにかく本をたくさん読んで、論理的な長い文章を読みこなす習慣、それを理解する力をつけてほしいと思っています。テーマ選びもさることながら「論理がつながる心地良さ」を理解してほしいと思います。理科系に進むことで得られる最大の力が、この論理なんです。

興味がわいたら~先生おすすめ本

地球持続の技術

小宮山宏(岩波新書)

持続可能な地球環境のために、研究や技術開発には大きなビジョンが必要だとわからせてくれる本。科学を真に発展させ、地球規模の問題を技術的に解決するのに、「化学」「物理学」などと学問領域を区別して考えることは、ほとんど意味がない。高校生の皆さんには、科学や技術に対する興味を幅広く持つことを期待する。


生命とは何か 物理的にみた生細胞

シュレーディンガー 岡小天、鎭目恭夫:訳(岩波文庫)

量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式を生み出すなど、量子力学への功績で名高いシュレーディンガー。理論物理学者であり、生物学の専門家ではなかったが、物理学の観点から生物を説明し、新たな生物学「分子生物学」を開いた。その始まりとなった名著。1944年の講演が本になったもので70年も前の本だが、エントロピーの話題など今でも新鮮だろう。


有限の生態学 安定と共存のシステム

栗原康(岩波新書)

フラスコの中という閉じられた世界でバクテリア、原生動物、クロレラなど5種類の生物はいかに共存するのか。フラスコ内の生態系、ウシの胃の中の生態系、宇宙基地という隔離された生態系と、それぞれの生態系を描き、共存について考える。


老子

老子 蜂屋邦夫:訳(岩波文庫)

中国春秋戦国時代を生き抜くための書と言えるが、内容は現代に通じ普遍性に富むものだ。論理性を身につけるのに、漢文は最適だ。また、多面的な思考力を養うことにも役立つだろう。


ガリア戦記

カエサル 近山金次:訳(岩波文庫)

カエサル率いるローマ軍のフランス(ガリア)遠征を記録した書。その簡潔で明快、理路整然とした語り口から、カエサルは軍人としてだけでなく文筆家としても高く評価された。事実を伝える文章、論理的な文章の見本として参考になるだろう。