消化器内科学

大腸の上皮細胞

世界初、傷ついた大腸の再生に成功。 腸の疾患を完治する新しい治療法の開発へ前進


油井史郎先生

東京医科歯科大学 統合研究機構(再生医療研究センター)

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研究風景


◆研究のきっかけは何ですか

腸は大腸も小腸も、上皮と呼ばれる細胞に覆われています。私たちは世界で初めて、マウスの大腸上皮細胞の体外培養法の開発に成功しました。その当時、腸の上皮細胞の培養は不可能と考えられていました。腸の培養研究がようやく進み始めた時期に成し遂げた快挙でした。

それだけではとどまりません。我々は、開発した大腸の上皮細胞が、再生能力を持った幹細胞を含んでいるかどうかが重要と考えました。そこでこの培養細胞を、傷ついたマウスの大腸に移植する実験を行いました。その結果、この培養細胞が、腸管に傷害を受けた細胞を再生し治療することができることを、世界で初めて示しました。

◆その後どうなりましたか

その後我々は、マウスでの傷ついた細胞の治療効果と安全性の検証を行いました。国の専門部局による審査にも合格しました。現在は、実際の潰瘍性の大腸炎の患者で、安全性確認などの臨床試験の実施へと進んでいます。同時に私たち医科歯科大学で開発した細胞は、日本やEU諸国(デンマーク・イタリアなど)を中心とする国際的な枠組みで研究され、有用性には高い注目が集まっています。

◆その研究が進むと何が良いのでしょうか

腸の上皮に慢性的な傷害が生じると、炎症を起こし、腹痛などの症状を生じます。代表的な疾患には、大腸の潰瘍性の大腸炎、クローン病という小腸を中心に大腸にも及ぶ原因不明の炎症性疾患などがあります。これまでの最善の治療でも、完治に至らない例もあります。

炎症によって被害を受けている上皮そのものへ、培養した細胞を移植する…。幹細胞を使った再生医療を開発したことは、医療の変革をもたらすでしょう。皆さんが社会人になる頃は、この再生医療がスタンダードな治療になっているかも知れません。さらには、炎症によって被害を受けている上皮そのものを、より深く理解するきっかけとしても重要です。

SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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私は医師としての診療経験に基づくモチベーションを持って、医学の研究をしています。腸という臓器の研究を通じて、例え一部であっても、生命現象をきちんと紐解いて理解する考え方を提唱したいと考えています。

それはきっと、人間がより健康に暮らすことへ繋がるはずです。また、より深く生命を理解する一助となると思いますし、その過程が、新しい教育の機会を与えてくれると考えています。

この道に進んだきっかけ

高校生の時は、同級生や先輩、後輩に沢山の刺激を受けました。特に、数学科に進学した生粋の理系同級生と、数学オリンピックの問題に挑戦することが好きでした。下手の横好きでしたが、考え抜いた先に答えが見つかった時の嬉しさを教えてくれた経験であり、研究の原点だったと思います。

大学時代は、医学部の体育会アイスホッケー部に所属。体力をつける6年間でした。今振り返ると、6年間続けられたことが不思議です。仲間と一緒に頑張ったからだと思います。

大学院は、本当に人生の分岐点でした。2年もの間全く培養できなかったマウスの腸の細胞が、ある時に行った条件で培養できたのです。しかし、育っている細胞自体初めて見るものだったので、最初は自分の見ているものが何かも分かりませんでした。

家で「あれは何だろう」と考えました。ふと、もしかしたら育っている細胞かも知れないと思い、急いで研究室に戻りました。顕微鏡で良く観察し、無数の細胞を確認できた時の驚きや喜びは、一生忘れないと思います。

どこで学べる?
学生はどんな研究を?

医学部の中でも、我々のような臨床教室の大学院には、ゼミという制度はありません。医学部では、大半の大学院生は既に実社会で病院勤務を行い、臨床の専門を決めています。

ですので、それぞれの大学院生が、臨床経験の中で抱いた疑問に取り組むスタイルが定番です。このほか理系の大学生が、消化器内科学に興味を持ち、当教室の修士課程で勉強をしているケースもあります。

学生はどんなところに就職?

◆主な業種

・病院・医療

・薬剤・医薬品

・マスコミ(放送、新聞、出版、広告)

◆主な職種

・医師・歯科医師

・営業・営業企画・事業統括

◆学んだことはどう生きる? 

修士の学生の場合、当教室で勉学する機会により、医師・医学研究者と人脈を培うことが可能です。卒業後、製薬会社に就職されるような方の中には、その人脈が会社で高く評価されるという話はよく聞きます。出版業界に進まれる方も同様で、こちらとしては、彼らの存在は出版社との顔の見えるお付き合いに役立っています。

先生からひとこと

消化器内科学は、広く消化器の疾患に関する臨床志向型の研究を行う学問です。ベーシックサイエンスとは異なり、臨床直結型ですので、比較的短期間で、成果を目に見える形で実感できます。大学院生・修士の学生も数多く在籍し、若い人に人気の高い分野です。

将来医師を目指す高校生に伝えたいことは、医師には、臨床・研究の両輪を回す力量が求められるということです。日本の医療だけでなく、ぜひ医学界全体の発展をも担う、優秀な医師になってもらいたいと切望しています。

日本の消化器内科学には、世界的に活躍する優秀な先生が数多くいます。臨床医でありながら、研究の世界でも活躍できる領域と言えます。

先生の研究に挑戦しよう!

(1)細胞の性質を評価する方法は多岐に渡りますが、その中でも遺伝子を解析する方法としてPCR(ポリメラーゼチェーンリアクション)というものがあります。この技術の方法としての概要や、発展の歴史、現在社会における応用例を調べてみましょう。

(2)日本の内視鏡検査は、世界を大きくリードしています。日本の内視鏡技術の先進性につき、他の国・地域ではできない治療例などを調べましょう。また、日本の豊富な人材・資材を生かした世界的マーケットを展開して行く際の戦略についても合わせて調べましょう。

(3)研究は国際的な環境で進んでいます。多くの国・地域をまたいで、異なる言語の人同士が研究を推進して行く際に、どのような課題があるでしょうか?考えうる問題点を整理して調べてみましょう。

中高生におすすめ

山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた

山中伸弥(講談社+α文庫)

生物の最小単位である細胞が有する驚異的な能力について、iPS細胞という全能細胞を開発し、ノーベル賞を受賞した稀代の幹細胞学者である山中伸弥教授が分かりやすく解説している。細胞の能力とそれを支える遺伝子の作用について、描き尽くされた名著だ。また、世界をリードする研究を行う際に要求されるメンタリティーについても、自身の経験に基づいて力強く書かれており、高校生諸君のこれからの人生の羅針盤ともなるであろう。


伊豆の踊子

川端康成(新潮文庫)

歪んだ自分に嫌気がさした思春期後半の青年が、伊豆への旅とそこで出会った踊子への淡い恋心によって再生する物語である。思春期に悩みは尽きないもの。受験で悩みすぎてしまった人にお勧めしたい。非日常の旅体験をぜひこの小説で味わって、いずれ訪れる有意義な大学生活への糧としてほしい。


沈黙

遠藤周作(新潮文庫)

人生は選択の連続だ。あなたは、悩んだ時に、どうやって決断するのだろうか。本書は、キリスト教が禁止されていた江戸時代初期を舞台に、信仰を巡って交わされた、多くの人の選択の物語だ。

日本が西洋社会と出会い、その文明を享受する際に避けては通れなかった、キリスト教とどうやって折り合いをつけたかという歴史の叙述でもあり、特殊な西側諸国の一員である日本人として知っておくべき内容だ。

「踏み絵」を踏んだ人間の「心の声」を想像してみてほしい。責任のある選択とは何かを考えるきっかけになるだろう。ともすれば同調するだけでその場を乗り切る「軽い」人間の増えるこの時代に、人が「ある決定を下す」ことの人生における重みに、思いを馳せてほしい。


沈まぬ太陽

山崎豊子(新潮文庫)

航空会社という大企業を舞台に、企業の不条理に戦いを挑んだ男の運命を描く大河小説。実社会がどのように回っており、なぜ問題は繰り返されるのかを考えるヒントを与えてくれる。将来、大企業や官庁でキャリアを積みたいと考える高校生に読んでほしい。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

音楽(歌手)。苦しい時、私は何度も歌に励まされました。ですので、もう1度大学に入るなら、私は音楽を学び、歌手になりたいです。人を励ますことのできる歌声には、特別な力があると思います。

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

デンマーク。35歳から40歳まで、デンマークのコペンハーゲンに留学しました。私にとっては、楽しいことも辛いことも、沢山の思い出が詰まった街です。

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

下落合の内外学生センターに登録し、色々なアルバイトをやりました。銀座三越の特設会場の設営や、ショッピングセンターの駄菓子店の棚卸しなどのアルバイト経験もあります。


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