第1回 医薬品の50%は、微生物・植物など天然資源から
私の研究室の大きなテーマの1つに、がん・心不全・感染症などの予防薬や治療薬の開発を目的とする、天然資源(自然)に由来する化合物の創薬研究があります。みなさんは、冬虫夏草をご存知ですか。蛾の幼虫に寄生するキノコというとても不思議なものです。冬虫夏草は中華料理の素材でも有名です。この冬虫夏草には、とても強力な免疫抑制作用があることを、京都大学薬学部の名誉教授・藤多哲朗先生が発見しました。現在、冬虫夏草に含まれる化合物をリード化合物(薬のタネ)にした免疫抑制剤(フィンゴリモド)が開発されています。
天然資源に由来する化合物とはなんでしょう。微生物、植物、生薬や漢方、食品素材、海洋無脊椎動物などいわゆる天然資源に由来する有機化合物のことです。天然資源由来の医薬品は、市販医薬品の約50%を占めています。自然界には、薬のタネとなる天然資源は様々あります。少し挙げるだけでも、例えば、朝鮮ニンジン、ヤナギ、イチイ、別名アララギで知られる常緑針葉樹ですね、それから海底にいるホヤなども。
一方で、私たちの生活をみますと、微生物というものは様々な場面で役立っています。ヨーグルト、納豆、ビール、酒などを生み出すのも微生物の力ですが、創薬研究に役立つ微生物としては、例えば、みかんにつくカビ(糸状菌)や土壌中の放線菌のような細菌などがあります。
天然資源由来の化合物が薬になった例には、ヤナギから採れたサルチル酸をもとにしたものがあります。消炎鎮痛剤で有名なアスピリンのことですね。抗マラリヤ剤のキニーネは、アカキナノキの樹皮に含まれる有機化合物です。なんといっても代表的な結核の治療薬(抗生物質)は、微生物が作る成分でできています。1943年に、ストレプトマイセス属の放線菌が作る化合物が結核菌を殺すことが発見され、ストレプトマイシンと名づけられました。みなさんはちょっと想像しにくいでしょうけれど、明治・大正時代の日本人の平均寿命は40代です。その死因の多くは結核でした。結核は、ストレプトマイシンが医薬品として利用されることによって、死に至る病ではなくなりました。ストレプトマイシンは人類を救った薬として歴史に名を刻んでいるのです。
私たちも天然資源を伝承薬としてのみ終わらせるのでなく、本当に薬効のある化合物はどの成分なのか、その成分はどのようなメカニズムで働いているのかなどを研究しています。そのために、有機化学、天然物化学、創薬化学、生化学、細胞生物化学、情報科学など多岐にわたる学問分野を総動員して、新しい有用な薬のタネの発見や創薬研究へと結びつけています。
ニュートン別冊 バクテリア=細菌の生態と可能性 驚異のバクテリア
(ニュートンプレス社)
巻頭の「ノーベル賞受賞の大村博士が発見した細菌から生まれた世紀の特効薬」では、掛谷先生も協力し、大村智先生らのノーベル賞受賞の研究内容を紹介。
入門ケミカルバイオロジー
入門ケミカルバイオロジー編集委員会(オーム社)
化学の技術・論法を活かして生命現象を探る新しい分野“ケミカルバイオロジー”についてわかりやすく紹介。第1章では微生物からの、第2章では植物から、第3章は昆虫から、第4章は海洋生物が作る毒からの、薬作りを解説。第9章では、生化学の基礎知識とケミカルバイオロジーが学べる。
Newton 2015年8月号 「知られざる創薬の世界 夢のくすりを求めて」[Newton Special]
掛谷秀昭(監修)(ニュートンプレス社)
風邪薬に胃腸薬、痛み止めなど、体調が悪いときにお世話になる薬は、体の中をどのようにめぐり、どのように効果を示しているのだろうか。薬の基本から新薬開発の最前線までがわかる、雑誌『Newton』での特集。掛谷先生が監修。