第4回 それでもまだ治らないがんがある
がん治療の進歩で、日本人のがん死亡率は著しく改善されてきました。データによるとがんの治療をしてから5年生存率は約6割を超えております。しかし、それでもまだ治らないがんがあることをお話しましょう。
例えば乳がんは今では9割近くが治ります。前立腺がんも早く発見できればほぼ完治できます。しかし、10年前と5年生存率が殆ど変わっていないがんがあります。それらはすい臓がんと肺がんです。今日でも、肺がんの5年生存率は30%程度です。すい臓がんに至っては、生存率はわずか7%!ほとんどの患者が、1、2年以内に死亡しています。
がんが治らない最大の理由はがんが転移を起こすことです。がんが最初にできた場所(原発巣)にあれば、外科手術で除去できればかなりの確率で完治できます。しかし、がんが原発巣から体中に飛び散ってしまうと、抗がん剤による化学療法や免疫療法を用いる治療のみとなります。しかし、これらの治療を行っても、転移したがんを完治させることはできません。治療を超えるスピードで転移したがんが無限に増殖してしまうためです。
膜型メタロプロテアーゼが正常組織に穴をあける
私たちは、がん転移を起こす悪性がん細胞についての詳細な性質や状態の検討を行ってきました。悪性の転移がんの特徴は、細胞の膜上に特殊な蛋白質分解酵素を高発現することです。その蛋白質分解酵素は分子の中心に亜鉛イオンを持った「膜型メタロプロテアーゼ」であります。ちょっと難しい名前ですが、がん細胞だけが持つ膜型の蛋白質分解酵素のことです。がん細胞の先端でこの膜型メタロプロテアーゼがドリルの役目を果たして、そこから正常組織に穴を開けて、がん細胞が周囲の組織へ潜り込み、さらに、血管に侵入することで他の(離れた)臓器へ転移巣を形成する。以上から、私たちはがんの転移はがん死の主たる原因と考えています。
私たちの立てた戦略は、この膜型メタロプロテアーゼの働きだけを特異的に阻害し、悪性がんを転移させない薬を開発すること。そうすれば、がんを殺すことができるかもしれないと考えました。実際に、肺に実験的に転移を起こしたマウスに、膜型メタロプロテアーゼの働きを抑制する薬を投与する実験を行いました。通常、がんが肺に転移したマウスは2ヵ月以内に死に至りますが、この薬を投与すると、肺への転移ははっきり抑えられるということがわかりました。
まだ乗り越えなければならないハードルはいくつもあり、創薬には時間がかかりますが、この分子標的薬は将来、がんを転移させない薬として世の中に出したいと思います。
つづく
第5回 将来、研究者になりたい君たちへ~恩師をみつける
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第3回 がんを狙い撃ちする分子標的治療。課題は高額