第3回 がんを狙い撃ちする分子標的治療。課題は高額
がん遺伝子が次々と発見され、これだけ役割がはっきりしてくると、それを目印にしてがん細胞だけ殺す治療法が出てきました。それが分子標的治療です。
それまでの主ながん治療は抗がん剤という化合物を使った治療法です。ところがこの化学療法は、投与した抗がん剤が全身に行き渡り、がん細胞だけでなく周りの正常細胞も痛めつけます。例えば、髪の毛が抜けたり、皮膚が剥がれたり、頻繁に重篤な副作用が起こります。そのため、調合している薬剤師も抗がん剤の取り扱いは安全キャビネットの中で慎重に行っています。抗がん剤はそれぐらい注意して取り扱う必要のある強い毒性を持つ薬なのです。
これに対して、分子標的治療は、がん細胞だけをピンポイントで狙い撃ちする治療法として、90年代以降に始まりました。がん細胞だけに特異的に攻撃できるということで、正常細胞へのダメージが少なく、副作用の少ない治療法です。不治の病であった慢性骨髄性白血病の患者はグリベックという分子標的薬を用いることで治るようになりました。現在、分子標的治療の薬には優れたものがたくさん開発されていますが、代表的なものの1つにトラスツマブがあります。この薬は、胃がんや乳がん患者さんに用いており、がん遺伝子のerbB2が作り出すタンパク質だけを選択的に狙い撃ちします。実際、この分子標的薬を乳がんが肺転移した患者に使用したところ、9ヶ月の投与でほぼがん細胞が消えてしまった例があります。
発見したのは日本人なのに、製造は欧米
これまでに、世界中で開発された分子標的薬は、日本でまだ薬価承認されていないものも含めて50種類を超えています。それらの中にはいろんながんに効く、タイプの異なる分子標的薬が揃っています。これだけ聞くと、がんにかかっても、もう大丈夫!だと思われるかもしれませんが、そこには新たな問題が生じています。それは高額な薬代です。先ほどの9ヵ月で肺転移が消えてしまった乳がん患者の場合、1週間に数百ミリグラム単位(10万円)のトラスツマブが必要になります。これを3週毎に18回使用すると、トータルで数百万円の薬代が必要となります。みなさんは健康保険に入っていますから医療費は3割負担ですが、国は残りの医療費を負担していますので、国民全体の医療費はますます増加傾向であります。
この問題に拍車をかけていることは、がん遺伝子を発見したのは日本人なのに、これらの分子標的薬のほとんど全てが欧米の製薬会社で作られていることです。そのため、これら分子標的薬を国内で使用するためには高額の薬を輸入しなければなりません。このことは年間7兆円の我が国の貿易赤字の3兆円分に相当します。ぜひ、国産の分子標的薬の開発を目指したいところです。