第2回 アンジェリーナ・ジョリーさんの勇気ある決断 ~乳がんを抑制する遺伝子の発見
がん遺伝子とがん抑制遺伝子のことをもう少し詳しく話しましょう。がん抑制遺伝子が壊れてしまうと、体の中はがん増殖遺伝子が優勢となり、がん細胞の増殖が優位となります。乳がんを抑制する代表的な遺伝子に、1994年、東京医科歯科大学の三木義男先生によって世界で初めて発見されたBRCA-1があります。この乳がん抑制遺伝子が壊れてしまっている人の4人中3人が乳がんになるとされています。それも女性の40代という若い時期に乳がんが発症してしまう。さらに、この遺伝子が壊れている人の半数が70歳までに卵巣がんにかかる可能性があります。このため、BRCA-1遺伝子が壊れることは女性にとって大変に深刻な問題であります。
この乳がん抑制遺伝子が、残念ながら遺伝的に壊れている家系があります。ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんは自身のBRCA1が壊れていることを告白しています。彼女は母、祖母も乳がんで亡くしていました。そのため、アンジェリーナさんは自ら遺伝子診断を受け、BRCA-1が壊れていることを知り、最近、勇気ある決断をしました。40歳になる前、つまり乳がんができてしまう確率が非常に高くなる前に、がんになる乳腺組織を全部切除したそうです。理由は、彼女の子どもたちを自分のように悲しませたくないから、と彼女は答えています。アンジェリーナさんの投げかけた問題は、日本でも重く受け止められています。
胃がん、大腸がんの増殖を促進するがん遺伝子
次に代表的ながん遺伝子の話をします。胃がん、大腸がんの増殖を促進するがん遺伝子に、erbB2という遺伝子があります。アーブビーツーと読みます。この遺伝子の発見者は、東京大学医科学研究所の山本雅先生(現在は沖縄科学技術大学院大学・教授)です。山本先生は1980年代、がん細胞でerbB2遺伝子が過剰に発現していること、また、erbB2遺伝子が壊れて常にがんを増殖させる信号を出し続けていることを見つけました。
このerbB2の発現量が多くなっている人や変異が起こっている人のがんの生存率と生存年数の関係を調べた疫学調査を見ると、erbB2遺伝子の発現量が少なく、その変異のない患者は治療成績が良く、一方、erbB2遺伝子の発現量が高く、また、変異している患者は治療後の経過がよくない傾向にあるそうです。このように、がん遺伝子の発現や変異を調べることは、がん患者の治療法を考慮するうえで大変に重要な情報となります。