英米・英語圏文学

17世紀イギリス文学

娯楽が制限された時代、紙の上で恋を歌い酒を称えた人々


笹川渉先生

青山学院大学 文学部 英米文学科(文学研究科 英米文学専攻)

出会いの一冊

失楽園

ジョン・ミルトン、訳:平井正穂(岩波文庫)

天使サタンが神に反逆し、戦いに破れ地獄に落とされるも、再び仲間の堕天使たちと復讐を企て、エデンの園に住むアダムとイヴをその標的とする。マンガのようなストーリーですが、17世紀イギリスの詩人ジョン・ミルトンによる、旧約聖書『創世記』の一節に基づいた、一万行を超える一大キリスト教叙事詩です。

ヨーロッパの文化や歴史を理解する上では欠かせないキリスト教ですが、この作品では人間が楽園から追放された経緯が、ミルトンの想像力を交えながら語られます。聖書に基づいた物語ばかりではなく、17世紀イングランドで起きた宗教的対立や、国王への批判、ガリレオに代表される地動説の宇宙論、イングランド式庭園への言及など、歴史背景を知ることができる一大百科事典でもあります。堕落をしてしまうアダムとイヴですが、その二人に希望を見出すドラマを堪能してください。

こんな研究で世界を変えよう!

娯楽が制限された時代、紙の上で恋を歌い酒を称えた人々

清教徒たちはシェイクスピアまで取り締まった

長い歴史を持つイングランドで唯一、国王が不在であった時代を知っていますか。答えは1649年にチャールズ1世が処刑された後、1660年までの約11年間です。この時代はクロムウェルら道徳的に厳格な清教徒たちが共和制を行い、シェイクスピアに代表される演劇を不道徳なものとして禁じていました。

現実世界では歌えないが、紙の上で歌う

しかし、娯楽を好んだチャールズ1世に従っていた王党派たちは、国王が処刑される前に宮廷で回覧されていた手稿を集め、自らも筆記をして個人の楽しみとしたり、あるいは出版して読者を獲得したりしていました。私はこのような手稿や印刷本を調査するために、ロンドンの大英図書館などを訪れています。

今はほとんど顧みられることのない、恋を歌い、酒を称え、国王の帰還を願った王党派による作品集は、時に曲にのせて、紙面の上で陽気に歌われました。

重要なことは、これらの詩や曲を、現実の世界では声を大にして歌うことができなかったことです。紙面で「楽しい!」と歌うのは、今そこにない楽しさを求めたいという願望の表れといえるでしょう。喜びの裏にも、メランコリックな悲しみが時に隠れていることを教えてくれます。

文学を知れば、政治・歴史・宗教がわかる

政治、歴史、宗教によって織り成された当時の手稿を紐解いてみると、生きるために戦闘ではなく、ペン(文学)の力を訴えていた人々の姿を見ることができます。

芸術や娯楽として私たちの身近にある文学は、実はそれぞれの国や地域の政治、宗教、歴史を知るためにも有効であり、皆さんが政治、宗教、歴史を勉強する上でも、同時代の文学を紐解くことでそれらがより生き生きと感じられ、深く理解できるのです。

オックスフォード大学ボドリアン図書館所蔵の手稿(MS. Don. c.57)の一葉。どの作品をどの順で筆記するかには筆記者の思いがこめられているのかもしれません。
オックスフォード大学ボドリアン図書館所蔵の手稿(MS. Don. c.57)の一葉。どの作品をどの順で筆記するかには筆記者の思いがこめられているのかもしれません。
先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「イングランド共和制下における王党派詩集と歌集のメランコリックな政治性」

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◆講義の初回では

「イギリスの詩」と聞くとハードルが高く感じるジャンルですが、洋楽のポップスやシェイクスピア演劇、映画での詩の使用例などを紹介することで、英詩が長らく日本文化にも吸収され、私たちにとって日常の一部となっていることを示し、その楽しさと奥深さを味わってもらっています。

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ゼミの学生とともに、青山学院大学のガウチャー・メモリアルホール(チャペル)の前で
ゼミの学生とともに、青山学院大学のガウチャー・メモリアルホール(チャペル)の前で
先輩にはこんな人がいる ~就職

◆主な職種

(1) 中学校・高校教員など

(2)学習支援業(塾)の教員

(3) 銀行、不動産など

◆学んだことはどう生きる?

2019年度に卒業後、英国リーズの大学院に進み、現在国際機関で働くことを希望している学生がいます。大学院では初期近代 (16-17世紀)を研究していますが、現地でイギリスの古い時代の言語と文学を学ぶことで、現在の国際理解につながることを願っています。

先生の学部・学科は?

青山学院大学文学部英米文学科は、他大学には見られない多様な専門を持つ数多くの教員を有し、英語の運用能力向上を目指すとともに、英語というグローバルな言語を、文学、異文化、言語分析、英語教育などの複眼的な視点から学習できる「英語の青山」を代表する学科になっています。私自身の研究との関連では、メソジスト教会による学校を源流とする本学で、キリスト教理解なしには語れない初期近代文学や文化を研究できることが大きな魅力となっています。

中高生におすすめ

もしも、詩があったら

アーサー・ビナード (光文社新書)

「もしも」をキーワードにして詩にアプローチし、英詩だけではなく日本語の詩も身近に感じられる本です。詩人たちが織りなしてきた作品は、「もしも」に基づいた現実の世界の反転ですが、その世界は私たちが当たり前として受け取っているものの見方を一変させてくれる素晴らしい効用があることを教えてくれます。


学問のすゝめ

福沢諭吉(岩波文庫)

江戸時代から明治に変わり、多くの価値観が転換する中で、学問を修めることの意味をわかりやすく伝えてくれる本です。グローバル化、情報化社会と言われる現代でも、皆さんに多くを考えさせ、視野を広げてくれるでしょう。現代語訳もあります。


深読みシェイクスピア

松岡和子(新潮文庫)

シェイクスピアの演劇の歴史的背景、翻訳の苦労、上演での逸話などが書かれた導入本です。シェイクスピアの多くの作品は、『7人のシェイクスピア』といった漫画や舞台を通じて、今なお私たちを楽しませてくれています。舞台や映画、松岡和子さんなどの翻訳(ちくま文庫)を通じてその面白さを体験してください。


先生に一問一答
Q1.一番聴いている音楽アーティストは?

ガブリエル・アプリン。UKのシンガーソングライターです。ロンドン行きの機内エンターテイメントで知り、やや物憂い印象のイギリスらしさ(?)に惹かれました。その中でも『Home』がお気に入りです。

Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は?

『ブライト・スター』。イギリスの詩人、ジョン・キーツの自伝的映画です。ロマン派詩人キーツの、恋愛と人となりが伝わります。

Q3.大学時代の部活・サークルは?

養護施設などを訪れるボランティアサークル。子どもたちに勉強を教えたり、日常の話をしたりという時間を過ごしました。

Q4.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

4年間働いたボウリング場。すぐそばの大学で勤務することになったことは、不思議な縁です。またメキシコ料理店でもアルバイトをし、今も大好きなテキーラの魅力を知りました。


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