認知科学

発達障害

たくさんの赤ちゃんの脳データで、ことばの発達を解明


皆川泰代先生

慶應義塾大学 文学部 人文社会学科 心理学専攻

出会いの一冊

ぼくには数字が風景に見える

ダニエル・タメット、訳:古屋美登里(講談社文庫)

発達障害は様々なタイプがありますが、上記は自閉スペクトラム症(自閉症)の1つの例を当事者ダニエルの語りから、そしてダニエルのスリリングな人生から知ることができます。一般の定型発達者から考えると彼らの行動は不可解なこともありますし、それは自閉症ばかりでなく、一般の子育てにおいて,親から見ると不可解な子どもの行動に通じることもあります。自閉症当事者の気持ちも理解できるようになると共に、ヒトの認知や社会行動において「普通」というものはあるのかを考えるきっかけにもなります。

こんな研究で世界を変えよう!

たくさんの赤ちゃんの脳データで、ことばの発達を解明

遅れている日本のASD対応

自閉スペクトラム症(ASD)はコミュニケーションの困難性、言語遅滞などの様々な特徴を持つ、発達障害の1つです。ASDは、療育開始が早いほど改善に効果的とされていますが、 日本ではASDの診断は早くて3歳程度でなされ、欧米に比べると療育への取組も遅れています。

赤ちゃん研究から探るASDの予期指標

私たちの研究では、ASDの早期発見に役立つ指標を見出すことが1つめの目標です。私たち実験心理学者は、人間の行動や認知、それに関連する脳活動を計測するプロです。例えば、視線運動、歩行運動や母子相互作用の様子、言語に対する脳活動などを計測評価することができます。

0-3歳までの定型、非定型発達の乳幼児に3-6ヶ月おきに縦断的に実験参加してもらい、様々な行動、脳活動のデータ収集をしながら3、4歳児のASD特性を予期する指標を明らかにする研究を行っています。

例えば赤ちゃんは会話をしている大人のどこを見るのでしょう。実は月齢によって異なり、8-9ヶ月齢には口をじっと見ることが私たちの研究からもわかっています、しかしASDリスクの高い赤ちゃんは1歳でようやく口を見るようになることがわかってきました。

赤ちゃんの笑顔と泣き声に囲まれた実験の日々

以上のようなことを明らかにすることで、言語を発達させるための要因も明らかになってきます。つまり人間の言語を可能にするのはどのような認知あるいは運動能力なのか、どのような脳機能なのか、この問題解明が2つ目の目標です。このために、日々赤ちゃんの笑顔と泣き声に囲まれながら実験をしています。

母子相互作用。母子間コミュニケーションは言語発達にも重要です。ここでは表情筋計測デバイスを使って母子相互作用時の母子の表情筋活動やビデオデータで言語、運動特徴を調べています。
母子相互作用。母子間コミュニケーションは言語発達にも重要です。ここでは表情筋計測デバイスを使って母子相互作用時の母子の表情筋活動やビデオデータで言語、運動特徴を調べています。
SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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乳幼児に関する私の研究では、乳幼児の認知能力等以外にも、乳幼児と保護者の関係性も縦断的に評価します。特に乳幼児時期の保護者の関わりは、後の子どもの発達にも強い影響を与えます。ここでどのような保護者の関わりが良い認知発達を促すかが明らかにできれば、保護者へ教育ができます。乳幼児保護者への教育が、まず子どもたちへの最初の教育につながると考えます。

◆先生が心がけていることは?

子どもの質の高い教育に関与できそうな研究結果は、積極的に社会に発信していかなければと意識しており、赤ちゃんラボで育児中の親御さんにも適宜アドバイス等しています。

先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「脳・認知・身体と言語コミュニケーションの発達:定型・非定型発達乳幼児コホート研究」

詳しくはこちら

注目の研究者や研究の大学へ行こう!
どこで学べる?
先生の授業では
◆講義の初回では

乳幼児研究の導入として、私たちの研究室の実験も紹介されている「NHKスペシャル 赤ちゃん 成長の不思議な道のり」というDVDをよく使います。赤ちゃんは私たちが想像できないような高い潜在能力を持っているということを、様々な実験から科学的に紹介しています。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
ブロックを用いた運動の計測。運動発達は言語発達にも関係します。ここではキネクトやマーカーレス三次元動作解析により積木の到達把持運動を計測しています。
ブロックを用いた運動の計測。運動発達は言語発達にも関係します。ここではキネクトやマーカーレス三次元動作解析により積木の到達把持運動を計測しています。
先輩にはこんな人がいる ~就職

◆主な業職種

(1) コンサルタント企業のコンサルタント、データサイエンティスト

(2) IT企業のプログラマー

(3) 教育関連企業での教材開発、教材出版、発達障害療育職

◆学んだことはどう生きる?

定型発達、非定型発達の乳幼児の運動発達の実験を根気強く行った学生が、発達障害支援、療育を行う企業に就職して、発達障害のお子さんを持つ親御さんを対象とした情報発信の仕事で活躍しました。心理実験には対人能力、計画的に実験を遂行するスキル、統計を含むデータ解析スキル、結果をまとめわかりやすく発表するスキルが必要です。これらのスキルや能力は、どのような仕事にも応用できます。

先生の学部・学科は?

慶應義塾大学文学部の心理学専攻では、実験心理学、基礎心理学に主眼を置いています。仮説を立て実験を行い、データ解析、統計検定により結論を導く科学的なアプローチで人間の心の過程を明らかにする手法や考え方を身につけます。これらの内容を少人数制で徹底的に教育を行うことも、他大の心理学科等にはない特徴です。動物実験設備、脳科学実験も行える貴重な環境を持っています。私のゼミの学生も、毎年数名脳科学実験で卒論を書いています。

中高生におすすめ

音とことばのふしぎな世界 メイド声から英語の達人まで

川原繁人(岩波科学ライブラリー)

言語学の中でも、音声学という話しことばの音の学問はとてもとっつきにくく、私も大学の一般教養授業では大嫌いでした。あの時の自分にこの本があれば、と思うような親しみやすい本です。話し言葉に興味があったり、将来語学教師など語学系の職業につきたい方にもおすすめします。


アレックスと私

アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男:訳(ハヤカワ文庫NF)

「個体発生は系統発生を繰り返す」と言われるとおり、ヒト乳児と動物の研究はとても近しい所にあります。私も、言語についてトリや霊長類、ヒト乳児との比較認知研究を動物研究者と行うこともあります。この本は研究の本というより、そのようなトリの認知研究をする女性研究者とヨウムのアレックスの感動的な実話です。


こころと身体の心理学

山口真美(岩波ジュニア新書)

日本では心理学を高校などで学ぶ機会がないので、心理学を誤解して大学へ進む学生が多いです。この本は中高生にもわかりやすく、興味を持って読めるようなトピックについて書かれているので、心理学を理解するためにも適した良書です。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

大学では心理学を全く学んでいなかったので、心理学。あとは、高校時代に得意だった数学をしっかりキープしておけば良かったと、とても後悔しているので、数学。

Q2.大学時代の部活・サークルは?

ダンス部でジャズダンス、コンテンポラリーダンスなど踊ってました。ダンス部で培った舞台度胸は、たぶん学会発表とか講演などでも活かされてます。

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

  アルバイトはショップ店員、レストラン店員、試食販売員、エキストラ、家庭教師、塾講師など様々なことをしました。印象的なアルバイトは、特定の沿線の駅近ドラッグストアをくまなく回り、特定の会社の特定の品物の値段を隠れてリサーチするというもので、スパイ気分、ゲーム感覚でちょっと楽しく、しかも報酬もとても良かったです。

Q4.研究以外で楽しいことは?

ダンスやダンス系フィットネス。サルサなどラテン系も好きです。ダンスを通して、人間のリズムというものについても考えます。運動のリズムは音声言語のリズム、対人行動のリズムそして脳のリズムにもつながっていきます。赤ちゃんの身体のリズムの発達と発声のリズムについてもこれから研究するところです。

私のラボに同じくダンス好きな女性研究員がいるので、一緒にダンスを通じた子どもの療育などができるといいね、と話しています。研究以外と言いながら、結局研究につながってますね。


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