まったく同じ遺伝情報を持つ一卵性双生児が、大人になると顔・体かたちや性格が異なってくることが知られています。この仕組みを理解する、エピジェネティクスという学問があります。生命現象を分子レベルで明らかにする分子生物学の分野にあって、私たちの研究室はエピジェネティクスを研究しています。
ヒトの体をつくるすべての細胞は、分裂のたびに46本の染色体を1セットずつ受け継いで、ほとんどすべての細胞が同じDNA配列、すなわち同じ遺伝情報を持っています。ところが同じ遺伝情報を持つのに、200種類以上にも及ぶ異なる性質を持つ細胞になります。このことはDNAが持つ遺伝情報だけでは説明できません。ヒトの遺伝子2万種類の中から、細胞の種類ごとに必要なタンパク質のセットをつくるための遺伝子が読み出され、それぞれ性質の異なる細胞がつくられます。
このようにDNAの配列情報を変えずに、そのDNAが持つ遺伝情報の「使い方」や、それを制御する仕組みをエピジェネティクスと言います。エピジェネティクスは、同じ遺伝情報を持ちながら200種類以上の細胞がなぜできるのか、同じ遺伝情報を持つ一卵性双生児がなぜ顔・体かたちや性格が異なるのか、また、環境がいかに遺伝情報の使い方に影響を及ぼすのか、それらを説明できる仕組みについて、DNA、RNA、タンパク質の働きを通して理解する学問です。
iPS細胞は、遺伝情報の使い方を「書き換える」ことによってできた
このエピジェネティクス研究が対象とする「遺伝情報の使い方」は「エピゲノム」と呼ばれ、次の細胞世代にも受け継がれる性質を持つことが知られています。この仕組みがあることにより、例えば皮膚の細胞は、細胞分裂した後も皮膚の細胞になり、筋肉や神経の細胞になることはありません。
一方で、「遺伝情報の使い方(エピゲノム)」は書き換えることもできます。様々な細胞は、受精卵という一つの細胞が、いろいろな細胞に変遷しつつ、最終的な細胞、すなわち、皮膚や筋肉、神経の細胞に分化することが知られています。すなわち、「遺伝情報の使い方(エピゲノム)」を徐々に書き換えながら200種類の細胞に分化していると考えられます。要するに、エピゲノムは遺伝情報の使い方を覚えたり、上書きしたり、忘れたり、細胞記憶としても使われているのです。
iPS細胞を発見した山中伸弥先生は、一度、分化した細胞に4種類のタンパク質を加えることによって、その細胞の性質を忘れさせて、何にでもなるという性質を記憶させることにより、iPS細胞という万能細胞に変えることに成功しました。これは、4種類のタンパク質を細胞に入れることにより「遺伝情報の使い方を書き換えた」結果と言えます。
ある種のがんや精神疾患、筋ジストロフィーなど、「遺伝情報の使い方(エピゲノム)」の異常が原因になっている病気が、数多く見つかってきています。エピジェネティクスの研究が進むことにより、それらの異常が引き起こす疾患の理解が進むと同時に、エピゲノムを人工的に操作することが可能となり、治療や薬の開発につながることが期待されています。
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一般的な傾向は?
●主な業種は→食品、化学、化粧品、科学機器メ−カー、博士課程への進学
●主な職種は→研究、製品開発、評価、営業、科学者
自然科学の一領域であった生物学は、今や生命科学として医学・薬学・理学・工学・農学を軸にして爆発的に発展しています。大阪大学理学部生物科学科は、これまでの生物学を継承しながら、21世紀にふさわしい自然科学、生命科学の分野に関わる研究者の育成を目標にしています。
生物科学科には二つのコースがあります。生物科学科コースで目指すのは、現在の生物学を継承し発展させることができる人材の育成です。生命理学コースが目指すのは、現在発展しつつ、物理、化学や情報科学とを融合させた生命科学の研究者や、生命現象を理解する化学、物理学、あるいは数学の研究者の育成です。
1953年のDNAの二重らせんの構造の解明以来、70年にも満たないにも関わらず、生命科学はものすごいスピードで生命に関する様々なことを明らかにしてきました。日本でも、何世代にもわたる生命科学の研究の継承により、最近では、山中先生、大隈先生、本庶先生のように多くのノーベル賞受賞者を輩出するようになってきました。
このように日本の中で育まれてきた生命科学を引き継ぎ、発展させていくのは、君たち若い世代です。研究は、これまでの学校での学習とは異なり、教科書に書いていないことを見つけていく、教科書に載ることを発見できる、とても創造的で、エキサイティングなものです。皆さんも、ぜひ、次の世代の生命科学を担う研究者を目指してください!
動物や植物の細胞の、
・染色体の観察
・ 細胞の中のDNAの観察
・ 細胞から取り出したDNAを見たり触ってみる
・ 取り出したDNAを電気泳動という方法で長さを調べる
同じDNAなのに、見え方がまったく違うのが不思議。それぞれからDNAのどんな性質が読み取れるか、考えてみよう。
インターネットのおかげで、様々な生物のDNA配列や、遺伝子発現データなど、いろいろな分子生物学に関わるデータを誰でも自由に見たり使ったりすることができる時代になりました。これらのデータは、数学や統計学によって取り扱うことができるので、生命現象を説明する新たな発見につながるかもしれません。
エピゲノムと生命
太田邦史(講談社ブルーバックス)
DNAによる遺伝とそれを操るエピジェネティクスについて、最近の研究を交えて紹介しています。例えば、三毛猫にはメスだけしかいないこと、例えまったく同じ遺伝情報を持つもの同士でも異なる体毛色のパターンになることが知られています。これは、エピジェネティクスの代表例である「X染色体の不活性化」によるものです。
また、胎児や幼少期の環境や食習慣が成人期や次世代にまで影響を及ぼし得ることが、エピジェネティクスの考え方で説明できるようになってきたことなどから、分子生物学やエピジェネティクスの研究から得られた知識が様々な社会問題に有用であることが理解できると思います。
これらの面白い現象やその仕組みについてエピジェネティクスの観点から説明されています。具体的なタンパク質や酵素の名前、それらの役割が登場して、高校性には難しいところもありますが、丁寧に読めば、十分理解して、興味を持てると思います。
サイト「女性の“働かない”Ⅹ染色体の仕組みを解明」
(大阪大学理学研究科生物科学専攻 染色体構造機能学研究室HP)
エピジェネティクス、特に、女性のX染色体の不活性化について、小布施先生の研究室が、研究成果を交えながら紹介します。かわいらしい挿し絵やアニメーションを使って、高校生でも理解できるようにわかりやすく解説しています。
[Webサイトへ]
サイト「JT生命誌研究舘 サイエンティストライブラリー ~日本の生命研究を築いた研究者の一覧~」
(JT生命誌研究官HP)
分子生物学や生化学から、脳・神経、免疫など高次生現象に至るまで、独自の研究によって日本の生命科学研究の基礎をつくった偉い先生たちが、自らの研究と人生を語っています。どのような生い立ちで、どうして生命科学の道に進んだのか。努力や能力もさることながら、偶然や、人との出会いなどの縁によって、生命科学の道に導かれ、素晴らしい成果に結びついていることが読み取れます。
どんな分野であれ、皆さんが進路を選ぶときにきっと参考になると思います。偉い先生たちが身近に感じられるのではないでしょうか。
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