量子ビーム科学

中性子ビーム

材料、宇宙、医療…多くの分野を中性子ビームが支える


佐藤博隆先生

北海道大学 工学部 機械知能工学科(工学院 量子理工学専攻)

先生のフィールドはこのポスターから

科学ポスター「一家に1枚」シリーズ 量子ビームの図鑑 A1判

公益財団法人科学技術広報財団

このポスターを見れば、まずどんな量子ビームがあるのかがわかります。原子核、重粒子、イオン、陽子、中性子、ミュオン、電子、X線、放射光、レーザーなど。また、宇宙物理学、原子核物理学、地球・惑星科学、医療、生命・生体科学、生物学、農学、物質・材料科学、化学、歴代のノーベル賞受賞者など、量子ビームが関わる科学分野や著名な研究者を網羅的に知ることができます。

さらに、日本の大型の粒子加速器施設も紹介されています。イラストが豊富なので、量子ビームの分野を網羅的に知る最初の足がかりとして、とても良いと思います。

こんな研究で世界を変えよう!

材料、宇宙、医療…多くの分野を中性子ビームが支える

ビームを当てて「モノ」を調べる

私達の身の回りには様々な「モノ」があります。家の中を眺めてみましょう。例えばスマートフォン。スマートフォンの中には半導体やバッテリーが入っています。台所に行くと包丁があります。家そのものは鉄筋コンクリートでできているかもしれません。

さて、今挙げた半導体・バッテリー・包丁・鉄筋コンクリートは全て、中性子ビームを使って研究したことがあります。中性子とは、私達の体や「モノ」を構成する原子の中にある原子核を構成する粒子の一つです。

研究では、粒子加速器という高エネルギーの粒子ビームを作る装置を使って、原子核反応を通じて原子核から中性子を取り出し、そのビームを調べたい「モノ」に当てて、中性子の運動量やエネルギーの変化から「モノ」を原子レベルで調べるということを行っています。このような研究が含まれる分野を「量子ビーム科学」と言います。

ミクロからマクロまで 新しい方法論の提唱

私の研究では、中性子ビーム科学の中でもユニークなことを行っています。低エネルギー(ミリ電子ボルト)から高エネルギー(ギガ電子ボルト)までの非常に幅広いエネルギーの中性子を利用して、ミクロな情報を調べることができる「中性子散乱」技術や「中性子吸収」技術の特長と、マクロな情報を調べることができる「中性子透視(イメージング)」技術や「中性子照射」技術の特長を融合した新しい中性子ビーム利用技術を開発しています。

これにより、「モノ」が組み合わさった「システム」をミクロからマクロまで階層を超えて研究するという新しい科学研究の方法論を提唱しました。

この新しい考え方はまだまだマイナーですが、誰も着眼していないからこそ、ユニークな研究ができて面白いと感じています。また、着眼の際には、北海道大学の中性子ビーム実験施設の弱点を、逆に長所として活かす視点移動があったことも面白さを昇華させています。

基盤技術ゆえ、多くの分野を楽しめる

私は中性子ビームを武器として、自動車・鉄鋼・半導体・建築・原子力・考古学・宇宙・医療などの幅広い研究に携われています。

中性子ビームが研究の主役でなければ、これほど多くの分野には関われていなかったでしょう。各分野を支える基盤技術の開発研究者だからこそ、特定の分野だけではなく多くの分野を楽しめる研究者になれたと思います。

研究室の学生さんが制御室で加速器を運転している様子。電子加速器、中性子ビーム発生源、中性子輸送光学素子、測定試料(研究したい「モノ」)、中性子検出器、中性子実験データ解析という研究方法全てに関与し、最終的には様々なサイエンスを展開します。全ての技術習得は大変ですが、全部できるようになると楽しいです。
研究室の学生さんが制御室で加速器を運転している様子。電子加速器、中性子ビーム発生源、中性子輸送光学素子、測定試料(研究したい「モノ」)、中性子検出器、中性子実験データ解析という研究方法全てに関与し、最終的には様々なサイエンスを展開します。全ての技術習得は大変ですが、全部できるようになると楽しいです。
テーマや研究分野に出会ったきっかけ

最初のきっかけは、科学雑誌「Newton」で紹介された量子科学技術研究開発機構/放射線医学総合研究所の重粒子線がん治療装置「HIMAC」の記事を高校生の時に読んだことです。粒子加速器の分野に憧れを持ち、高校物理を履修しました。

大学入学、そしてその後の学科分属の際も「他の大学には無い先進的な分野に進みたい」と思い、北海道大学・工学部・物理工学系へ入学し、当時も今も1番人気の機械工学科を選ばず、原子工学科を選択しました(後に原子工学科と機械工学科は一緒になり、今の機械知能工学科になっています)。

この学科には加速器を利用した中性子ビーム工学の著名な研究者である鬼柳善明教授がいましたので、鬼柳先生の研究室に入り、今に至ります。宇宙や素粒子といった分野が好きだったので、それに最も近い工学分野を選んだつもりです。量子ビーム医療分野にも少し関心はありましたが、医療も含めて広く様々な分野に関わりたいと思いましたので、量子ビーム医療分野には進みませんでした。

北海道大学・工学部・機械知能工学科の電子加速器。32メガ電子ボルトという高エネルギーの電子ビームを、中性子発生ステーションに撃ち出している大型実験施設です。加速器は札幌キャンパスの地下に建設されています。2024年度に建屋が改修され、ピカピカになる予定です。
北海道大学・工学部・機械知能工学科の電子加速器。32メガ電子ボルトという高エネルギーの電子ビームを、中性子発生ステーションに撃ち出している大型実験施設です。加速器は札幌キャンパスの地下に建設されています。2024年度に建屋が改修され、ピカピカになる予定です。
先生の研究報告(論文など)を見てみよう

「広エネルギー中性子応用工学による材料システムの超階層研究」

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先生の分野を学ぶには
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中性子を利用したサーモグラフィの実証実験の準備の様子。測定試料を格納する真空チャンバーと中性子イメージング検出器の準備を研究室の学生さん達が手伝っています。この実験は大変でしたが、担当学生さんの頑張りもあり、その後の実験データ解析や考察、学術論文化を経て、最終的には報道発表に至りました。
中性子を利用したサーモグラフィの実証実験の準備の様子。測定試料を格納する真空チャンバーと中性子イメージング検出器の準備を研究室の学生さん達が手伝っています。この実験は大変でしたが、担当学生さんの頑張りもあり、その後の実験データ解析や考察、学術論文化を経て、最終的には報道発表に至りました。
学生たちはどんなところに就職?

◆主な業種

(1) 一般機械・機器、産業機械(工作機械・建設機械等)等

(2) 半導体・電子部品・デバイス

(3) ソフトウエア、情報システム開発

◆主な職種

(1) 基礎・応用研究、先行開発

(2) 設計・開発

(3) システムエンジニア

◆学んだことはどう生きる?

量子ビーム科学の知識そのものを活かすことはなかなか難しいと思っています。専門分野は先進的すぎるので、研究者としてアカデミックの世界に残っている卒業生以外は、中性子ビームそのものの知識は活かせていないでしょう。

大学の研究を通じて学ぶべきことは、「新たな知識の習得の仕方」と「経験」です。課題発見能力、研究立案能力、研究推進力、相談能力、交渉能力、実験技術力、データ解析能力、結果整理能力、反省力、プレゼンテーション能力、広報活動能力、チーム力、リーダーシップ・・・などなど、仕事で活かせる能力はたくさんあります。研究室では、全く新しい仕事をやることになっても突破できる力を養ってもらっています。

そういう意味では、大学で得た専門分野の知識はベースでしかなく、新規開拓分野への挑戦に注力してもらっています。既往の知識だけあっても、新しい仕事はできません。

その結果、研究室出身者は、各々が新たに見つけた様々な分野へ飛び立っています。機械や原子力は勿論、情報・半導体・化学・材料・環境・資源・社会・製薬など、特定の業種・職種に偏っていないことがポイントです。もちろん皆さん活躍していて、「誰もが飲んでいる、あの商品」を開発している卒業生などもいたりします。

大学では、「何を学ぶか」という受け身な知識の吸収ではなく、「どうやって開拓するか」という攻めの経験の積み上げ、つまり、先を見据えた能力開発に取り組むべきと考えます。

先生の学部・学科は?

工学部・機械知能工学科は、非常に広範なことが学べる非常に魅力的な学科です。材料、生体工学、ロボット、電池、エンジン、流体工学、航空・宇宙工学、プラズマ、原子力、医療、そして、量子ビームなどです。そのため、様々な可能性がある学科だと思っています。進路選択に迷っている方にとって良い学科とも言えるかもしれません。

量子ビーム科学は応用分野があってこその研究分野なので、「何をやっているのかよくわからない」と言われますが、「何でもやっているから、わかりにくいかもしれないけれども、色んな事が楽しくやれる」とユニークな点を説明するようにしています。そして何と言っても、世界の大学で唯一、本格的な粒子加速器・マルチエネルギー中性子ビーム実験施設があることが、最大の強みです。

先生の研究に挑戦しよう!

放射線が目で見える「霧箱」を製作し、身の回りの放射線を観察してみましょう。宇宙からの放射線、地表からの放射線、食品からの放射線、さらには人体からの放射線などが観察できます。

霧箱の作り方は、北海道大学中性子ビーム応用理工学研究室のホームページからリンクしているYouTube動画で知ることができます。(『原子力オープンスクール@北海道 霧箱実験』https://www.youtube.com/watch?v=uHffWReUkFY )

中高生におすすめ

Newton

ニュートンプレス

毎月、様々な分野の科学の動向が、幅広く紹介されています。科学的興味がそそられるようなイラストが多く、取り上げている話題に関してイメージも湧きやすいです。

私個人は宇宙や素粒子の話題が特に好きですが、特定の分野に偏らずに様々なサイエンストピックが紹介されている点が良いと思います。科学誌に掲載された最新の学術論文の紹介などもあり、中学生からプロの研究者まで、どなたでも楽しく学べると思います。

ちなみに私は高校生の時に、Newtonで紹介された量子科学技術研究開発機構/放射線医学総合研究所の重粒子線がん治療装置「HIMAC」の記事を読んで、粒子加速器の分野に憧れを持ち、高校物理を履修しました。

一問一答
Q1.18才に戻ってもう一度大学に入るならば、学ぶ学問は?

量子ビーム工学

Q2.大学時代の部活・サークルは?

バドミントン

Q3.好きな言葉は?

「小さなことからコツコツと」と「人に優しく」


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