目はどうやって色を見分けるか。色覚タンパク質の分子を追う
目は「色覚タンパク質」で光の色を捉える
「なぜ私たちは色を見分けることができるのでしょうか」。私はこの疑問を明らかにするため、色覚タンパク質の構造解析から色を見分ける“しくみ”の解明を目指して研究をしています。
私たちが普段見ているすべての色は、「光の三原色」と呼ばれる青・緑・赤の3種類の光の組み合わせのパターンによって作られます。そして、私たちの目の中には、これら3種類の光を感じる小さな分子、色覚タンパク質があります。
世界の研究者が5ナノメートルの分子と奮闘中
また、光センサータンパク質の内部には発色団と呼ばれる化学分子が結合していますが、興味深いことに、3種類の色覚タンパク質はレチナール(ビタミンA)という同一の発色団を使って異なる色の光を感じているのです。
5ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)という小さな分子がどうやって様々な波長の光を見分け、光(色)情報を脳に伝えているのか、世界中の研究者が色覚タンパク質の構造(形)や光情報を伝える際の動的な変化を原子レベルで捉えるために、奮闘しています。
情報伝達時のわずかな変化を赤外線でキャッチ
ところで、色覚タンパク質の研究を行う上で最も困難な点は、すべての実験工程を暗闇で行う必要性です。これは、色覚タンパク質が一度光を感じると壊れてしまうからです。
私は大量に合成した色覚タンパク質に対し、赤外線という、私たちが見ることのできない長波長の光を使った測定手法を駆使することで、タンパク質を形作るアミノ酸や水分子1個の変化を精度よく検出しています。
そして、色覚タンパク質が光を感じ、情報を伝える瞬間の僅かな構造変化を解析することで、色を見分けるしくみを明らかにすることに日々挑戦しています。
味覚を感じるタンパク質にも興味あり
このように研究とは、私たちの身の回りにおける、『こんな当たり前のことが未だにわかっていないんだ!』といった根源的な疑問を見つけることもまた醍醐味であり、私にとって最近のトピックスは、色の認識だけでなく、例えば私たちの舌に存在する25種類の味を感じるタンパク質がどうやって何千種類の味物質を感じているのか、そのしくみにも興味があります。
そしてこれらの基礎的な研究は、将来、視覚障害や味覚障害など、病気の人たちに向けた薬作りにも大きく貢献できる可能性を秘めているのです。
→先生のフィールド[量子生体] 令和元年度採択課題ではこんな研究テーマも動いている!◆テーマとこう出会った
私が研究室(ラボ)を選ぶ際の指標にしていたのが、「オンリーワンな研究であるが故に、常に世界を先導できる」、そんな研究を行えるラボでした。そこで出会ったのが、赤外線を用いた分析技術(赤外分光法)をタンパク質の構造解析に応用し、光センサータンパク質を中心とした膜タンパク質のメカニズム解析を行う、名古屋工業大学・神取研究室(教授:神取秀樹)でした。
そして、ラボ配属決定時に神取教授と研究テーマについて議論していく中で、ヒトが色を見分けるという私たちにとって当たり前の現象に関する構造研究が皆無であることを伝え聞いた瞬間に、研究について右も左もわからない“ド素人”でありながら、今すぐにでも実験に取り掛かりたいと興奮したのを今でも覚えています。そこから、暗室での色覚タンパク質とのにらめっこの日々がスタートしたのです。
◆中学時代から
陸上の長距離走を始め、忍耐力を身につけたことで、昼夜暗闇で実験を継続して行うことにも体力・精神的にも問題なく取り組めています。また、中学・高校・大学は陸上部に所属し、いずれもキャプテンを経験しました。この経験で、研究者として将来必要なマネージメント能力を養うことができました。
◆出身高校は?
愛知県立岡崎高校
「生物物理学」が 学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)
その領域カテゴリーはこちら↓
「7.生物・バイオ」の「21.分子生物学・細胞生物学・発生生物学、生化学(生理・行動・構造等 基礎生物学も含む)」
神取秀樹
名古屋工業大学 工学部第一部 生命・応用化学科/工学研究科 生命・応用化学専攻
「光といのち」をキャッチフレーズに、光応答性のタンパク質の機能解析から応用まで、一連の研究を行っています。最近では、光応用性膜タンパク質を使った細胞および動物の行動制御(光遺伝学=オプトジェネティクス)研究にも従事しています。
加藤英明
東京大学 総合文化研究科 広域科学専攻
GPCRや光応答性膜タンパク質のX線結晶構造解析を基盤とした構造機能相関研究を行っています。私が研究者としてのステップアップのために留学を考えていた際に、最後の後押しをしてくれた戦友です。
名古屋工業大学の生命・応用化学専攻のうち、生命・物質化学分野は計7分野(分析化学、物理化学、無機化学、有機化学、高分子化学、生化学および化学工学)から構成され、中でも私は物理化学分野の学部学生実験を担当しています。
特に、物理化学はすべての化学分野の基礎となる学問であり、具体的に蒸気圧計測による蒸発エントロピーや蒸発エンタルピーの算出、凝固点降下による分子量の推定、二次反応速度の解析などを行っています。タンパク質が果たす機能、化学反応の根底には必ずこれら物理化学的現象が存在しており、実験操作のみならず、座学で習得した基礎知識を復習する場としても活かしています。
ジェノサイド
高野和明(角川文庫)
「もし新人類が突然現れた時、我々現人類はどのように行動し、対処するのか」について詳細かつ現実的な場面を設置したSF本です。単行本の発行が2011年と古くはなりますが、現在のコロナ禍をどう乗り越えるべきか、我々の置かれた現状を打破するヒントが本書に隠されているのかもしれません。
実験医学2013年2月号 構造から創薬に向かうGPCR研究〜シグナルを呼び起こす、そのダイナミクス
小笹徹(編集)(羊土社)
私が研究対象としている視覚(色覚)を司るセンサータンパク質を始め、私たちは外界からの様々な刺激(味、匂い、ホルモン、神経伝達物質)を受け取っています。これらは、私たちの体(細胞)の表面に存在するタンパク質が感じて、脳に情報を伝達してくれます。
これらのセンサータンパク質の総称をGタンパク質共役型受容体(GPCR)と呼び、私たちの生命恒常性に欠かせない分子であることから、薬作りにおいて重要な標的分子なのです。本書では、最新の様々な実験的手法を用いて、GPCRを対象とした薬作りに携わる研究者が、研究の現状を紹介してくれています。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? 医薬 |
|
Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? アメリカ。自由だからです。幼少期とポスドク期間を合わせて10年弱、アメリカで生活した経験があります。 |
|
Q3.研究以外で楽しいことは? ランニング。2日に1回、10km以上走っています。 |