生物物理学

視覚

色の正体に迫る 光を感じる分子の構造と働き


片山耕大先生

名古屋工業大学 工学部 生命・応用化学科(工学研究科 工学専攻 生命・応用化学系プログラム)

出会いの一冊

生命科学者になるための10か条

柳田充弘(ひつじ科学ブックス)

タイトルは、(生命科学)研究者を志す若者に向けてのガイダンス書と認識されがちですが、1)質問することの大切さ、2)困難やスランプに陥った時の対処法、3)助言や協力を得て物事を乗り越えていくことの大切さなど、これからの科学技術立国を支える若者、学生が堅苦しさを感じることなく読める本です。

世界を変える研究はこれ!

色の正体に迫る 光を感じる分子の構造と働き

「色を見る」しくみを分子から探る

「なぜ私たちは色を見分けることができるのだろう」。この素朴で奥深い問いに答えるため、私は色覚タンパク質の構造解析を通じて、色を識別する“しくみ”の解明に挑んでいます。

私たちが目にする多様な色彩は、「光の三原色」と呼ばれる青・緑・赤の3種類の光の組み合わせによって生み出されます。人の眼には、それぞれの光を受容する微小な分子、色覚タンパク質が備わっています。この光センサータンパク質の内部には「発色団」と呼ばれる化学分子が結合しており、興味深いことに、3種類の色覚タンパク質はいずれも同一の発色団、すなわちレチナール(ビタミンA由来)を利用しながら、異なる波長の光を感じ取っています。

わずか5ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)の小さな分子が、どのようにして光の波長を識別し、その情報を脳へと伝えているのか――世界中の研究者が、色覚タンパク質の構造や光情報伝達時の動的変化を原子レベルで明らかにしようと日々奮闘しています。

見えない赤外線で分子の動きを捉える

この研究で最も困難なのは、実験のほぼすべてを暗闇で行わなければならない点です。色覚タンパク質は、一度光を受けると構造が変化し、同じ状態には戻れないためです。私は、大量に合成した色覚タンパク質に対し、人の眼には見えない長波長の赤外線を用いた測定手法を駆使し、タンパク質を構成するアミノ酸や、わずか1個の水分子の変化までも高精度で捉えています。そして、光を感じた瞬間に生じる微細な構造変化を解析することで、色の識別機構の核心に迫っています。

基礎研究が未来の医療を変える

研究の醍醐味のひとつは、身近な現象の中に潜む「こんな当たり前のことが、まだ分かっていない」という根源的な疑問を見出すことです。最近では色の認識にとどまらず、病気の治療薬が体内でどのように作用するのかにも関心を広げています。具体的には、薬が結合する標的タンパク質との相互作用を構造レベルで探る研究に取り組んでいます。こうした基礎研究は、将来的に視覚障害や様々な疾患に対する新たな治療薬の開発へとつながる可能性を秘めています。

研究室の実験風景

先生のフィールド[量子生体] 令和元年度採択課題ではこんな研究テーマも動いている!
きっかけ&学生時代

◆テーマとこう出会った

研究室を選ぶ際、私が指針としていたのは、「オンリーワンの研究であるがゆえに、常に世界を先導できる」そんな挑戦ができる場所でした。その条件にぴたりと当てはまったのが、名古屋工業大学・神取研究室(現特別教授:神取秀樹)でした。この研究室では、赤外線を用いた分析技術(赤外分光法)をタンパク質構造解析に応用し、光センサータンパク質を中心とした膜タンパク質のメカニズムを探る、世界的にも独自性の高い研究が行われていました。

配属が決まった後、神取教授と研究テーマについて議論する中で、「ヒトが色を見分ける」という当たり前すぎて疑問に思われにくい現象が、実は構造生物学的にはほとんど研究されていない領域であることを知りました。その瞬間、右も左も分からない“研究初心者”でありながら、「今すぐ実験を始めたい」と胸が高鳴った感覚を今でも鮮明に覚えています。こうして、暗室で色覚タンパク質と向き合う日々が始まりました。現在では、自らの研究室を構え、赤外分光解析にとどまらず、電子顕微鏡を用いた構造観察など、新たなアプローチを積極的に取り入れながら、色覚タンパク質研究の世界をさらに広げています。

◆中学時代から

陸上の長距離走を始め、忍耐力を身につけたことで、昼夜暗闇で実験を継続して行うことにも体力・精神的にも問題なく取り組めています。また、中学・高校・大学は陸上部に所属し、いずれもキャプテンを経験しました。この経験で、研究者として将来必要なマネージメント能力を養うことができました。

◆出身高校は?

愛知県立岡崎高校

先生の分野を学ぶには
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海外からのインターンシップ学生に向けた講義の様子
先生の学部・学科で学ぼう

名古屋工業大学の生命・応用化学専攻のうち、生命・物質化学分野は計7分野(分析化学、物理化学、無機化学、有機化学、高分子化学、生化学および化学工学)から構成され、中でも私は物理化学分野の学部学生実験を担当しています。

特に、物理化学はすべての化学分野の基礎となる学問であり、具体的に蒸気圧計測による蒸発エントロピーや蒸発エンタルピーの算出、凝固点降下による分子量の推定、二次反応速度の解析などを行っています。タンパク質が果たす機能、化学反応の根底には必ずこれら物理化学的現象が存在しており、実験操作のみならず、座学で習得した基礎知識を復習する場としても活かしています。

中高生におススメ

視覚のしくみ

日本化学会:編 七田芳則、小島大輔:著(共立出版)

視覚のしくみを、「化学の視点」からやさしく解き明かした一冊です。最新の研究データに基づき、光がどのようにして色や形の情報へと変換されるのかを、分子レベルのしくみまで丁寧に紹介しています。


ジェノサイド

高野和明(角川文庫)

「もし新人類が突然現れた時、我々現人類はどのように行動し、対処するのか」について詳細かつ現実的な場面を設置したSF本です。単行本の発行が2011年と古くはなりますが、現在のコロナ禍をどう乗り越えるべきか、我々の置かれた現状を打破するヒントが本書に隠されているのかもしれません。


実験医学2013年2月号 構造から創薬に向かうGPCR研究〜シグナルを呼び起こす、そのダイナミクス

小笹徹(編集)(羊土社)

私が研究対象としている視覚(色覚)を司るセンサータンパク質を始め、私たちは外界からの様々な刺激(味、匂い、ホルモン、神経伝達物質)を受け取っています。これらは、私たちの体(細胞)の表面に存在するタンパク質が感じて、脳に情報を伝達してくれます。

これらのセンサータンパク質の総称をGタンパク質共役型受容体(GPCR)と呼び、私たちの生命恒常性に欠かせない分子であることから、薬作りにおいて重要な標的分子なのです。本書では、最新の様々な実験的手法を用いて、GPCRを対象とした薬作りに携わる研究者が、研究の現状を紹介してくれています。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

医薬

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

アメリカ。自由だからです。幼少期とポスドク期間を合わせて10年弱、アメリカで生活した経験があります。

Q3.研究以外で楽しいことは?

ランニング。2日に1回、10km以上走っています。


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