発生生物学

寄生蜂

ショウジョウバエを乗っ取る寄生蜂の巧みな寄生戦略


島田裕子先生

筑波大学 生命環境学群 生物学類(理工情報生命学術院 生命地球科学研究群 生物学学位プログラム/生存ダイナミクス研究センター)

先生のフィールドはこの本から

はたらく細胞

清水茜(シリウスKC) 

私たち生物の体の中ではいろんな現象が起きていて、日々、個々の細胞たちが頑張っているということを知っていただければ、日々若い皆さんの体が成長していく中での生命活動の不思議に感動できるのではないかと思います。

思春期で眠くなるとか、気分的にイライラすることがあっても、冷静に「私、今、成長しているかな?」って思ってもらえれば、それがサイエンスへの入り口になり得るのではないでしょうか。

世界を変える研究はこれ!

ショウジョウバエを乗っ取る寄生蜂の巧みな寄生戦略

宿主を乗っ取る毒を進化させてきた寄生蜂

寄生とは、他の生き物(宿主)から栄養資源を一方的に搾取する生活形態のことです。地球で最も繁栄する昆虫類において、寄生蜂の種数は、全昆虫種の約20%をも占めると予想されています。

それは、寄生が生存戦略として有効であり、寄生蜂は、宿主の体を巧妙に乗っ取るための毒成分や分子機構を数多く進化させてきたからと考えられます。しかしながら、寄生の分子機構には未解明な部分が多くあります。

宿主の体内で共に成長、殺すのは蛹化後

私は、ニホンアソバラコマユバチという寄生蜂が、宿主ショウジョウバエ幼虫の体を乗っ取る寄生戦略に着目しています。驚くことに、この寄生蜂は、直ちに宿主を殺すのではなく、宿主と共に成長し、宿主が蛹化してから捕食して殺します。そして最後は宿主ハエ蛹から羽化します。

このような、寄生蜂にとって、都合の良いタイミングで殺す仕組みを「飼い殺し型寄生」といいます。

脳神経には作用しない毒成分

私の研究では、この「飼い殺し型寄生」に必須である寄生蜂の毒成分の同定を目指して、寄生蜂のゲノム解析や毒成分の精製分画を行っています。

この毒は、寄生蜂にとって必要ない宿主の組織を殺す一方、宿主の脳神経系には作用しません。この毒のおかげで、寄生蜂の幼虫は、宿主幼虫をうまく生かし続けながら、宿主の栄養を搾取することができます。

寄生蜂の毒成分を明らかにすることで、寄生戦略の分子機構を明らかにし、新たな天然生理活性物質の農業的医学的応用について、検討していく予定です。

キイロショウジョウバエの幼虫に産卵するニホンアソバラコマユバチの成虫
キイロショウジョウバエの幼虫に産卵するニホンアソバラコマユバチの成虫
寄生蜂の毒成分をイオン交換クロマトグラフィーで分画している様子
寄生蜂の毒成分をイオン交換クロマトグラフィーで分画している様子

先生のフィールド[微粒子]令和元年度採択課題ではこんな研究テーマも動いている!
SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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世界の飢餓を救うためには、安定的な農業生産と農薬が必要です。人の健康を害しない農薬の開発として有効な方策の1つに、農業害虫への天敵利用が挙げられます。寄生蜂が産生する種々の毒成分は、特定の昆虫に対して非常に強力に作用する一方、人には無害である可能性が高く、環境調和型農薬開発のシーズとなると考えられます。

きっかけ&学生時代

◆テーマとこう出会った

私は、元々ステロイドホルモンの生合成を調節する神経経路の研究をしています。ステロイドホルモンは、生物内外の環境に応じて生合成されることが広く知られています。

そこで、私は生物環境を撹乱する因子の1つとして寄生蜂に着目しました。寄生蜂に乗っ取られた生物の内分泌環境と発育過程は、きっと劇的に変化するに違いない、と考えたからです。ところが予想に反して、寄生蜂に感染させたショウジョウバエの幼虫は、感染後も普通に成長して蛹になりました。蛹になったということは、脱皮ホルモンである昆虫ステロイドホルモンが正常に生合成されていることを意味します。

予想していた結果と異なっていたので、正直がっかりしたのですが、結果は結果としてデータだけは一応取ろうと思って、宿主となったショウジョウバエの幼虫を解剖しました。大学院時代の指導教官には、いわゆる「ネガティブデータ」を提示すること、つまり仮説を否定する結果でもあっても必ずデータを取って提示することを求められていたからです。

毎回、宿主幼虫の脳神経系だけではなく、その他の組織も一通りすべてを解剖する習慣だったのですが、その日に限って、解剖がうまくできませんでした。疲れていたので失敗したのかとも思ったのですが、10年間以上実験してきてそんな初歩的な失敗をするとは信じられません。

そこで、ネガティブにも関わらず、もう一回同じ実験をしました。すると、やっぱり解剖するべき組織が見つからないということに気づきました。結果として、本来注目していた脳神経系やステロイドホルモン生合成器官には何の異常も見つけられませんでしたが、その他の組織が退縮してしまっていることを発見しました。

この思いがけない発見は、ネガティブデータをきちんと取るという指導教官の教えに従ったことで得られました。そして、自然というのは予測を超えて思いがけない事象であること、決して実験の手を抜いて見逃してはいけない、という教訓を、私に教えてくれました。

◆子どもの頃

和歌山県立自然博物館の学芸員さんが、どんな小さな虫を持っていっても種名を即答できる人で、昆虫1つ1つの形に特徴があって、その形に基づいて「名前(種名)」があることを丁寧に教えてくれました。

子どもの私が何とも思わない小さな虫を、大人のおじさんが熱心に見て喜んで語るのが印象的で、膨大な数の虫1つ1つを見分ける仕事にどんなに素晴らしい価値があるのだろうと興味を持ちました。私もその楽しさが知りたいと思ったので、大学に進学して昆虫の勉強をすることを決めました。

◆出身高校は?

智辯学園和歌山高校

先生の分野を学ぶには
注目の研究者や研究の大学へ行こう!



島田裕子先生 の研究・研究室を見てみよう
先生の学部・学科で学ぼう

筑波大学生物学類は、生物が大好きな人が集まる場所です。いろいろな生物の生態や進化に興味がある人は、学部生の頃から研究室に所属して、いろいろな研究を行うことができます。そして、多くの教員が、微生物から哺乳類まで多種多様なテーマを扱っています。学生個人個人の興味に沿い、なおかつ幅広い視野で生物学を学べる場所だと思います。

中高生におススメ

進撃の巨人

諌山創(少年マガジンKC)

本編に出てくるハンジ・ゾエという科学者がいます。人類を食い、恐怖の対象でしかない「巨人」を調査対象として愛情を持って接し、科学的にその生態を理解しようとする姿勢が素晴らしいので尊敬しています。「諦めない限りは負けていない」という彼女の名台詞を、私の心の支えにしています。


復活の日

小松左京(角川文庫)

30年以上前のSF小説ですが、現代の世情を反映しています。深作欣二監督の映画版も素晴らしいです。世界の終末においてもなお生き延びんとする人間の愚かさと愛おしさが、流氷に表されています。


生物学個人授業

岡田節人、南伸坊(河出文庫)

高校生の時に読んで感銘を受けた名著です。発生生物学への入門書です。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

人工知能

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

マレーシア。アジア圏で、比較的英語が通じ、自然が豊かだから。ボルネオ島の動植物を調べたいです。

Q3.一番聴いている音楽アーティストは?

ASIAN KUNG-FU GENERATION。特に『無限グライダー』。

Q4.大学時代の部活・サークルは?

野生生物研究会

Q5.大学時代のアルバイトでユニークだったものは? 

屋久島のヤクザル調査隊に参加。世界遺産の山奥で1週間サルと共に野宿しました。