巨大災害後の負の連鎖を、リアルタイムで予測
巨大災害の影響は様々な要素が関係
武漢でCOVID-19による影響が懸念され始めた2020年1月はじめに、日本でトイレットペーパーパニックが起こることを予想できた人は、どのくらいいたでしょうか。
パンデミックのみならず、高度にシステム化された現在の都市・社会のもとでは様々な要素が関係し、巨大災害後に思いもよらない現象が発生することも少なくありません。そしてその結果、亡くなったり、職を失ったりの影響を多くの人が受ける可能性もあります。これを避けるためには、どのような対応技術が必要でしょうか。
東日本大震災時の記事などをデータベース化
私は「災害が発生した後に、どのような現象がいつ起きるか」をリアルタイムで予測する技術を研究しています。例えば東日本大震災時の新聞記事やニュース原稿、インターネットの記事などを教師データとして機械学習にかけることで、「原因」と「結果」の膨大なデータベースが作成できます。そのデータベースを様々な災害現象について事前に作りこんでおけば、発災初日のニュース原稿や記事などを手掛かりに、いまどのような現象が発生していて、その現象Aが発生した時に、どのような条件で望ましくない結果 B1、B2、B3…が発生するのかを、過去の経験をもとに推測することが出来ます。このようにして、巨大災害の連鎖構造をリアルタイムで明らかにすることができると考えています。
南海トラフ地震では、中長期的に何が起きるのか
例えば南海トラフ巨大地震の例を考えましょう。大きな地震によって揺れや津波で多くの建物が倒壊するとします。すると多くの人が住まいを失い、仮設住宅に移動します。
しかし巨大災害であれば、大量のプレハブ型の仮設住宅は供給が困難ですので、その場合はみなし仮設という、市場に流通している空き家に被災者の方は移動せざるを得ません。
しかしこのような空き家は大都市部に集中しています。すると、地方部から大都市への大量疎開が発生するかもしれません。そして地方部で人口が減ると小売店が立地しなくなりますし、働き手がいないとなると工場の再建も難しくなるでしょう。そうすると巨大地震をきっかけに、被災地の衰退が急激に加速する可能性もあります。
「因果の連鎖」を断ち切るAI開発を目指す
さて、このようなことが仮に分かった場合、我々はどうすれば良いでしょうか。建物の耐震化か、仮設住宅の供給能力を向上させるのか。産業復興の特区を作る。いろいろな対策がありますが、これに「大量の死者発生」というもうひとつの望ましくない現象を考慮すると、(あくまで災害対策としては)複数の目的を満たしうる「建て替え」や「耐震化」、「高台へのお引越し」などが良いのかもしれません。
このような巨大災害にともなう複数の「望ましくない未来」を最大限防ぐために、「因果」の大量の積み重ねを明らかにし、災害前もしくは災害直後に「どの因果の連鎖」を断ち切れば良いかを判断するAIを作ることができれば、災害が社会に与える様々な悪循環を未然に防止することができるかもしれません。 このように、過去の経験やデータの蓄積を利活用した、スマートシティ時代の新しい防災対策を研究しています。
→先生のフィールド[社会情報基盤]採択課題ではこんな研究テーマも動いている!◆テーマとこう出会った
この研究テーマは、東日本大震災が発生した当日夜の経験から着想したものです。当時、私は火災工学の研究室に特任助教として勤務していましたが、東日本大震災の発生を受け、防災研究者や消防関係者と今後の調査計画を検討するため研究室に集まりました。
しかしながら、その中の誰しもが東日本大震災の災害規模を過少に捉えていたのです。若手とはいえ災害の研究者でありながらも、東日本大震災の当日夜でさえ、2万人もの方が亡くなった災害だとは想像できなかったのです。被害の様相がわからないならわからないなりに、最大限人を救う事のできる対応技術ができないだろうかという教訓から、災害直後に被害の全体像を推測する研究を行おうと考えました。
◆中学時代は
野球部に入っていましたが、野球で腰を痛めてヘルニアになってしまいました。ある日あまりに痛いので、学校を休んで家で治療しようと思ったのが、阪神淡路大震災が起きた日でした。学校に行かずずっと家でテレビを見ていたのですが、その時もなかなか被害情報が得られず、被害のおおよそがわかったのはずいぶん時間が経ってからだったのを覚えています。
◆出身高校は?
学習院高等科
◆現代都市のリスクを読み解く―安全・安心な都市をつくるために―(Yahoo!ニュース廣井先生執筆記事一覧)
Twitter:https://twitter.com/uuhiroi
当専攻の研究対象は「都市」です。研究室によっても多少異なりますが、都市は複雑なので、知れば知るほど未知の事柄が出てきます。なので問題を深く掘り下げる洞察力はもちろん、安全・利便性・景観など様々な要素とその相互関係を、「都市」や「社会」を舞台に考えることのできるバランス感覚と柔軟性が何より重要です。情報を探す人ではなく、使える技術は何でも使いつつ、知識を作り出すことに興味のある人におすすめです。
統計学を拓いた異才たち 経験則から科学へ進展した一世紀
デイヴィッド・サルツブルグ、訳:竹内惠行、熊谷悦生(日本経済新聞出版)
ミルクティーは、ミルクを先に入れたほうが美味しいのでしょうか。それとも紅茶を先に入れたほうが美味しいのでしょうか。皆さんが大学に入ると、多くの学問分野で、多少なりとも統計学に触れることになると思います。この書籍は難しい数式を使うことなく、「統計学とは何か」という問いについて歴史的経緯を紐解きながら解説していきます。
そしてまた、一つの分野が数々の議論や対立を経て体系化されていったという点は、統計学のみならず大学で学ぶ知識を社会で使う立場の方に広く知って欲しい経緯であると考えています。