光合成とはなにか 生命システムを支える力
園池公毅(講談社ブルーバックス)
高校や大学の科学科目は、物理・化学・生物・数学・地学など、大きな単元に分けられています。しかし、実際の研究ではこれらの垣根は意味を成しません。その最たる例が光合成研究です。
特に、太陽光から電気化学的エネルギーを生み出す光合成の光反応過程を理解するには、様々な分野の知識を総動員する必要があります。この本は、これらの要素を非常にわかりやすく丁寧に説明してくれます。生体系の巧妙さ・偉大さに興味を持つと同時に、生物の本質を理解するには、物理や化学の知識も不可欠であると感じ取ってもらいたいです。
本来大学とは、能動的に学びたい者にとっては天国のような場所なので、高校生のうちに学びの視野を広げておくと有意義だと思います。
光合成の中で、光エネルギーのワープは起きているのか
輸送時間は1兆分の1秒
どこかに移動する時、目的地までワープできたらどんなに楽でしょうか。ただ、ワープ移動なんてSF映画や小説でご都合主義的に使われる空想上の産物でしかありません。
しかし、そのような摩訶不思議な現象が生物の体内で起きているかもしれない、と聞いたらどうでしょうか。舞台となるのは、光合成生物が持つタンパク質です。
光合成タンパク質は、太陽の光エネルギーを効率良く集めて、反応中心というコア部分に輸送する働きがあります。輸送にかかる時間は、たったの1兆分の1秒!まさに一瞬の出来事です。
量子効果なら瞬間移動ができるが
この超高速エネルギー輸送に量子効果が関わっていることが、近年指摘されています。ここでの量子とは、物質や反応を状態の波として捉えるものと考えてください。
つまり、光のエネルギーが状態の波として移動すると言うのです。電車移動に例えると、通常は始発駅から終着駅に行くまでに多くの中間駅を経由しますが、量子効果を使うと、始発駅にいる状態から終着駅にいる状態に一足飛びでワープできてしまいます。
本当にそんなことが起きるのでしょうか。残念ながら、まだ確証はありません。そこで「本当に量子的なエネルギー輸送は起きるのか、それは生物にとって重要なのか」という素朴な疑問に答えたいと考えました。
そのために、レーザーと顕微鏡を組み合わせた物理的手法を用いて、研究を進めています。生物学と量子物理学という、これまで相容れなかった分野が融合すれば、新しい科学が生まれるかもしれません。
→先生のフィールド[量子生体]平成30年度採択課題ではこんな研究テーマも動いている!◆テーマとこう出会った
大学では物理学科で学び、量子力学や統計力学への興味から、固体磁性を扱う研究室に所属しました。一方、生物への興味や知識は、全くありませんでした。
そんな時に、書店で『新・生物物理の最前線』という本を見つけ、物理的な視点から生物を解析する研究分野を知りました。さらに『光・物質・生命と反応』という垣谷俊昭先生の教科書を見つけ、生物研究でも量子力学や統計力学を活かせることに驚き、生物物理分野へ移りました。
また院生時代、ドイツへ短期留学した時、到着早々に使用予定の実験装置が故障してしまい、仕方なく他の装置(顕微分光装置)で実験計画を練り直しました。これが大きな転換点となり、現在のテーマにつながっています。
◆大学時代は
大学進学の際どの分野に進むか悩み、とりあえず学科を指定せずに、理学部として入学できる大学を選びました。今考えると、この選択が非常に重要でした。
学部1年次に各学科の基礎科目を受講しましたが、化学は沈殿生成物の有無がよくわからず、地学はフィールドワークが体にこたえ、生物は興味が薄く、数学は抽象的で難しすぎたため、物理学科へ進みました。興味の合う分野を見つけるには、一度何か体験してみることをおすすめします。
◆出身高校は?
福井県立藤島高校
「生物物理学」が 学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)
その領域カテゴリーはこちら↓
「7.生物・バイオ」の「21.分子生物学・細胞生物学・発生生物学、生化学(生理・行動・構造等 基礎生物学も含む)」
石崎章仁
分子科学研究所 理論・計算分子科学研究領域/総合研究大学院大学 物理科学研究科 機能分子科学専攻
タンパク質などの分子が凝集した複雑系で生じる量子物理現象の理論研究をしています。光合成における量子的な光エネルギー移動の理論も、構築されました。我々の分野で世界のトップを走っています。
理論家ですが、実験研究との繋がりを常に意識しており、我々実験家にとっても頼れる存在です。掛け値なしに、今後の日本科学を牽引していく方だと思います。また、話にユーモアがあり、人としても非常に面白い方です。
大畠悟郎
大阪公立大学 理学部 物理学科/理学研究科 物理学専攻
レーザー分光や量子光学などの最先端技術を用いて、光と物質の相互作用を研究しています。固体結晶から生体分子へ研究対象の幅も拡げています。
光と物質の相互作用という、純粋に物理的な視点から生体反応を理解しようと試みています。このような本質を理解しようとする姿勢は、普遍的な生物物理理論を構築する上で、今後必要不可欠になると思います。科学教育にも情熱を持っています。
井手口拓郎
東京大学 理学系研究科附属フォトンサイエンス研究機構
最先端の分光技術を開発しています。生物の体内を可視化する新しいイメージング装置や、分子の特性を調べるための振動分光法など独創的な手法を考案しています。
測定技術の向上は、基礎研究に欠かせません。特に、様々な物質が密に詰まった生体系は、既存の手法が適用できない場合が多々あります。そんな中、レーザー分光や顕微鏡イメージングなど、様々な光学技術を駆使して、新しい切り口を模索されています。研究室にはたくさんの光学装置があり、見学すると楽しいです。
化学は、有機化学・無機化学・物理化学に大別されます。有機化学や無機化学は一言で言うと、様々な分子を作り出す学問で、一般的な化学のイメージに一番合っているかもしれません。一方、物理化学は分子の構造や物性、反応機構を様々な手法で解析する学問です。研究対象は様々ですが、水分子やイオンなどのシンプルなものから、生体タンパク質などの巨大な複雑系まで幅広くあります。
量子革命 アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突
マンジット・クマール、訳:青木薫(新潮文庫)
量子力学の黎明期を駆け抜けた偉人たちの、世代を超えたタスキリレーを描いています。想像力と知的好奇心を原動力に、実験データと理論モデルというタスキが、次々と渡されていきます。
天才たちの手によって全く新しい物理学分野が、意図せず生み出されていく様は爽快です。その当時には突拍子もない仮説でも、後々正しいと証明される科学の醍醐味を教えてくれます。前期量子論を習った高校生におすすめです。
「ド・ブロイは棚ぼたでノーベル賞を貰ったんだ」と、高校の時に物理の先生がおっしゃっていたことを記憶していますが、彼もただの天才です。
二重らせん
ジェームス.D・ワトソン、訳:江上不二夫、中村桂子(講談社ブルーバックス)
若手研究者が偉大な発見に至るまでの、知的探求の記録です。熱意あふれる仲間たちと大いに議論し、世界を飛び回り、ライバルとなる大化学者たちの発表に戦々恐々しながら、正解に辿り着くまでの物語です。
大学院博士課程時代に読んで感銘を受け、著者のようにアグレッシブな研究者になれるよう精進しようと誓った矢先、当時の彼が自分よりも年下だったと知って深く傷つきました。大学院生くらいの若者でもここまでできるのかと、励みになる本だと思います。