◆どのように研究を着想しましたか
あらゆる分子は、電子と原子核という2種類の荷電粒子で構成されています。したがって、反応性や機能性など分子の様々な性質は、電子と原子核の運動や、それら運動の相関の観点から、根源的に理解できるはずです。
しかし、分子の性質を調べる実験手法の多くは、状態間のエネルギー差を測定するもので、電子や原子核の運動そのものを直接的に観察しているわけではありません。
そこで私たちは、野球のスピードガンと類似の原理を応用して、分子の中の電子や原子核の運動を観察する高感度装置を開発し、さらにそれら運動をスナップショット観察する装置も開発しました。これがあれば、化学反応が進むにつれ、電子や原子核の運動が時々刻々どのように変わっていくかを調べることができるのです。
◆どのようなことがわかりましたか
まだ研究開発段階ですが、研究のゴールに向けた基礎的成果が着実に得られています。例えば、光を吸収して生成した10ピコ秒程度(1ピコ秒は1兆分の1秒)の短寿命励起状態の電子の運動を観察することに、初めて成功しました。
これは、運動量px、 py、 pzを座標とする空間での分子軌道の形状を観察したことを意味し、それは通常の位置x、 y、 zを座標とする空間での分子軌道と、数学的には一義的に結びつきます。つまり、励起状態が壊れて起こる異性化や解離など、化学反応の最初の1コマ目の分子軌道をスナップショット観察できたということです。
このように、励起状態生成の瞬間からの時間を変えながらスナップショット観察して、それらをつなぎ合わせることにより、化学反応の『分子軌道ムービー』を撮影できることが分かりました。
◆その研究が進むと何が良いのでしょうか
電子の運動のスナップショット観察から『分子軌道ムービー』が撮影できるのに対し、原子核の運動のスナップショット観察からは『各原子核に働く力の時間的な変化』が分かります。
したがって、それら観察結果を比較すれば、化学反応が進むにつれ、分子軌道というマイナスの電荷を持つ電子の雲の形が、どのように変化していき、また、その形の変化を反映してプラスの電荷をもつ原子核に、どのくらいの大きさの静電的な力がどの方向に働くかを、調べられることになります。
こうした、電子と原子核の運動の因果や協奏の統一的シナリオが、私たちの知りたい『ミクロの世界の力学法則』です。
このように、私たちの研究の目標は、化学反応がどのように進むのかという従来の視点ではなく、何故そのように進むのかという新しい視点で、化学反応の駆動原理を自然から学ぶことです。
これにより、物質反応の根源的レベルでの姿を、あらゆる人にお見せできるばかりでなく、社会への実装を試みる様々な応用研究分野により、優れた機能材料を開発するための基盤的概念を提供できると思います。
私たちの研究は、残念ながらSDGsに直ちに貢献するものではありません。もちろん、食糧・感染症・環境・エネルギー等の世界が協力して解決すべきSDGsの課題に対しては、現有の科学技術が10年単位の短期間で達成可能なことを、速やかに実行に移すべきです。
しかし、それとともに、専門性と多様性を兼ね備えた様々な科学技術を絶えず革新し、長期的なスパンで本質的解決を実現するという、もう一つの基軸も必要に思います。私は私たちの研究を通じて、後者の基軸に貢献したいと思います。
中学から大学院までの間、数多くの先生の薫陶を受けることができたのは幸せなことでした。あえてエピソードを一つ取り上げるとすれば、大学1年生当時のとある授業での先生のメッセージでしょうか。それは、「君たち、暇なんですね。授業に出席する暇があるのなら、自分で勉強しなさい」でした。
先生は大所高所からのエールを変化球で投げられたのだと今なら理解できますが、その大学1年生の若者は超豪速球として真正面から受け止めました。様々なジャンルの書物を読み始め、自分で考え始め、その結果、アイザック・ニュートン、関孝和、チャールズ・ダーウィンなど、自然科学者の先達が残された偉大な足跡に、次第に憧れを持つようになりました。
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◆「TAGEN FOREFRONT 05」(東北大学多元物質科学研究所)
野球のスピードガンはボールの速度を測るために電波をボールにぶつけますが、分子の中の電子や原子核の運動を観察するためには高速の電子をぶつけます。測定原理は互いに類似ですが、『電子のスピードガン』は市販されていませんので、研究毎の目的に応じたオリジナル装置を、私たち自身で一から作る必要がありますし、また実験結果を科学的に理解するための物理の構築や理論計算も、私たち自身で行う必要があります。
私の研究室の学生は、装置開発から、実験測定、データ解析、理論計算まで、研究のあらゆる場面で活躍してくれています。私は、学生が自分の研究上のアイデアを実践して確かめることができるように、その手助けをするよう心掛けています。
◆主な業種
・鉄道
・コンピュータ・情報通信機器
・半導体・電子部品・デバイス
・光学機器
・鉄鋼
・通信
・金融・保険・証券・ファイナンシャル
◆主な職種
・基礎・応用研究・先行開発
・設計・開発
・生産技術(プラント系)
・システムエンジニア
・営業、営業企画、事業統括
◆学んだことはどう生きる?
私の研究室で推進する研究テーマと、密接に関連する業種は社会にはありませんが、当該研究に取り組むことで培った
(1)問題を発見して解決する
(2)他の人に平易にかつ論理立てて説明する
(3)長期間にわたって努力を積み重ねる
この3つの能力は、卒業生がどの業種に就いても、普遍的に役立つものと期待しています。
「好きこそものの上手なれ」。この一語に尽きます。
私たちの研究は、国内はもとより世界的にも他に類を見ない独創的なものです。一方で独創的ということは、大勢の人が研究をしている流行の研究課題ではないということ、先例がないということでもあります。したがって、その研究が本当に価値のあるものか、自分の錯覚ではないかという不安に打ち勝つための、俯瞰的な論理思考と孤独に耐える勇気が必要です。
また、ゴールにたどり着けることが保証されていない、先の見えない中での度重なる失敗にもめげない粘り強さも必要です。私が研究を進めている理由は、未知の可能性を持つその研究が好きだからに他ありません。皆さんも、好きなものに出会えるといいですね。
(1)物質にX線や電子線を当てると、物質から電子が飛び出してくる場合があります。この飛び出してきた電子の速度(エネルギー)を測定するには、どうすればいいでしょうか。
一定距離の飛行に必要とする時間を測る、あるいは電場中を運動する電子は電場から力を受ける性質を利用するなど、色々なやり方がありそうです。また、電子は空気中を自由には飛行できないことなど、測定する環境のことも考える必要がありそうです。
(2)『分子の形』は球を棒でつないだ分子模型で一般に表されていますが、そもそも『分子の形』とは何でしょうか? 例えば、α(アルファ)粒子を金箔に衝突させたラザフォードの散乱実験で、α粒子を水分子に衝突させたとすれば、α粒子にとって『水分子の形』はどのように見えると思いますか? それは、本当に、球を棒でつないだ分子模型のような形でしょうか。さらに、電子や様々な分子を水分子に衝突させるとすれば、彼らにとって『水分子の形』はどのように見えると思いますか?
Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 中国。世界最古の文明の1つを発信した国であり、また近くて遠い隣国だから。 |
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Q2.研究以外で楽しいことは? 旅行、ガーデニング、乱読、囲碁、釣り |
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Q3.会ってみたい有名人は? 空海、三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)、今西錦司、司馬遼太郎、竈門禰豆子 |